生き上手死に上手
1991年頃に発表された遠藤周作氏のエッセー集です。
発表された時期から推測して、実際にエッセーが書かれたのは1980年代後半だと思われますが、著者が60代中盤だった時期と重なります。
現在の60代というとまだまだ精力的に活動している人も多く、"老人"や"晩年"というイメージが薄らいでいるように思えます。
一方で本書のタイトルからは、遠藤氏が自らの人生を総括し始めていることを感じさせます。
そして戦争、海外留学、大病、そして長きにわたる作家活動を通じて、自らが人生で得たものを後世の人びと(つまり読者たち)に伝えようという意志が本書の至るところから伝わってくるのです。
たとえば、"マイナスのなかにプラスの可能性がある"という著者の言葉は、明日をも知れぬ大病を患い50歳にして実感できたことだと述べています。
マイナスを逆利用する、または悪もまた善となりうるという言葉は、著者の経験から得た教訓、そして先人たちの教えから自然に導かれた答えであり、自己啓発本にありがちなポジティブ思考とは違った、肩の力を抜いた自然さがあります。
日本のキリスト教文学を牽引してきた著者であれば聖書から引用してきそうなものですが、実際に引用されるのは良寛や小林一茶、与謝蕪村だったりするところからもそれを感じられます。
そもそも著者にとって本当の信仰とは合理主義や理屈を越えたものであり、言葉や思考では表せないものだという姿勢は、その作品からも伝わってくるテーマです。
ただし小説ならともかく、真面目一辺倒では遠藤周作、もといエッセイストとしての顔・狐狸庵山人には相応しくありません。
著者自身があとがきに、「読者も寝っころがって、気楽な気持でよんでください」と書いているように、ポツリポツリと語られる無駄話も充分に収録されています。
全編から伝わるのは堅苦しい老人の言葉ではなく、遠藤氏のやさしい視線とユーモア溢れる語り口であり、読者もリラックスして読むことができます。
やはりここは著者の言葉に甘えて横に寝っころがりながら読むことをお薦めします。