本と戯れる日々


今まで紹介してきた本は900冊以上。
ジャンル問わず気の向くまま読書しています。

終りのない惨劇

終りのない惨劇

東日本大震災においてもっとも甚大な被害をもたらしたのが津波でした。

しかし津波の被害は復旧の兆しが見えてきましたが、福島第一原発による放射能汚染は未だに収束の気配を見せていません。

本書は1986年に発生したチェルノブイリ事故による放射能汚染が未だに多くの人を苦しめている現状と問題点を世間に明らかにする目的で書かれたものです。

国連の下部組織であるIAEA(国際原子力機関)
日本においても震災支援のためにIAEAは調査や助言を行なっています。

しかしながらIAEAは原子力の安全管理を司る一面とは別に、原子力の商用利用を推進するといった別の顔を持っており、核保有五大国(アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国)の影響を大きく受けています。

つまり国連の常任理事国とまったく同じメンバーであり、IAEAはそれらの国を中心としたロビー活動により絶大な権力を持った組織であることを意味しています。

IAEAがチェルノブイリ事故で認めている被害は、放射線の過剰被曝による死者が54人、重い被曝を受けた者が2000人、放射能の影響による甲状腺癌の(主に子どもたちの)症例が4000人という数字がすべてです。

しかしながら本当にそれがすべてなのでしょうか?
チェルノブイリ事故によりもっとも甚大な被害を受けた人口1000万人のベラルーシにおいては、少なく見積もっても国土の20%/が汚染されており、もっとも激しい汚染地域においてもやむを得ない事情で未だに多くの人々が生活しています。

そしてウクライナやロシアにおいても甚大な被害が生じています。

放射能に汚染された地域に住む人々の間では、心臓病、糖尿病、様々な癌の発生率が上昇傾向にあり、もっとも深刻なものに放射能による遺伝子の損傷、つまり生まれながらに重度な障害をもつ畸形児の増加などが挙げられます。

民間の医師や慈善団体による調査によれば、死者は述べ100万人に達すると言われています。
更に今日現在においても後遺症で苦しむ人々は200万人との報告がありあります。

IAEAによれば、自らの統計を上回る死者はすべて"自然死"で片付けられています。

しかし正確な数字は誰にも分かりません。
それは放射能による人体への影響については研究段階であること、国際的に保健分野でもっとも強力な組織であるWHO(世界保健機関)がIAEAとの合意書により、IAEAの発表を追随するに過ぎない機関に成り下がっている現状があります。

その結果としてIAEAが公式発表する数字を覆す医師たちが活動資金を絶たれ、IAEAの方針に賛同する医師たちによって彼らの発表が作り上げられている状態に陥っています。

一方でこの被害を補償しようとすれば、先進国家の国家予算に匹敵する金額が必要になり、原子力を推進する国々(そして原子力発電を売る側の企業)にとって都合が悪いことが容易に想像が付きます。


本書でたびたび写真などで触れられている重度の障害を持った子どもたちの姿は心が痛むものであり、本書を通じて書かれている内容は決して明るいものでもありません。

それでも真実を知ろうとする姿勢は必要です。

決して経済(商業)を軽視する訳ではありませんが、チェルノブイリ事故は行き過ぎた資本主義やグローバル経済が、時には人命をも軽視しかねないといった最悪のケースを示しています。

そして、この悲劇が今まさに日本で繰り返しかねない現実を描いているという点です。

原子力の継続、または廃止といった議論は、解散総選挙でも各政党の大きなテーマとして政治的にも取り上げられていることもあり、是非この機会に読んでみては如何でしょうか。

陸軍士官学校の人間学

陸軍士官学校の人間学 戦争で磨かれたリーダーシップ・人材教育・マーケティング (講談社プラスアルファ新書)

アサヒビール名誉顧問"中條高徳氏"による1冊です。

戦後GHQの方針によりビール市場において圧倒的なシェアを持っていた大日本麦酒は、1949年にアサヒビールサッポロビールに分割されます。

更にはキリンビールの躍進、サントリーの参入によりアサヒビールはシェアを更に下げ、1980年にはシェアが10%以下になる危機的な状況に陥ります。

しかしラガービール(簡単にいえば熱処理したビール)が主力の業界へ対し、アサヒビールが乾坤一擲の生ビールを市場へ投入します(もっとも有名なのがスーパードライです)。

味は良いが、高いろ過技術、そして難しい品質管理が要求される生ビールに社運を賭けたアサヒビールは、やがてビール業界トップに返り咲きます。

当時は寡占化が進んだ市場において、「シェア10%以下の企業が逆転できる見込みは"0(ゼロ)である」というのがマーケーティングの常識であり、ハーバード大学においても1980年当時の日本のビール業界がケース・スタディとして用いられるほどの状況でした。

この逆境を跳ね返すアサヒビールの中心で活躍した著者が、その経営の秘訣を明かしています。

それはタイトルから想像が付く通り、その真髄を"兵法"にあると説明しています。

著者は太平洋戦争中に陸軍士官学校へ入学し、そこで終戦を迎えています。
陸士学校は当時の最高峰の秀才を集めた青年将校を育成するエリート学校でした。

その学校でテキストとして使用された「統帥網領(とうすいこうりょう)」、「作戦要務令」、そして兵法の古典である「孫氏」を主に引用して本書は進められていきます。

兵法は国家の非常時、つまり国家存亡の危機を生き抜くために編み出された知識や知恵の結集であり、それは企業においても当てはまるという考えは受け入れ易く、著者の丁寧な解説もあり兵法に興味の無い人でも容易に理解することができる内容になっています。

現代は兵器や情報手段の発達により、高度で精密な戦略が組み立てられる時代になっています。
しかしながらそれを用いるのが人間である以上、本能に根ざす感情を巧みに利用する兵法は現代においても有効と言えます。

一方で本書書かれている内容とは対照的に、太平洋戦争における作戦は酷かったと言わざるを得ません。

どの兵法書でも重要視されている兵站(補給)は徹底的に軽視され、戦力を劣勢を挽回すべく計画された奇襲作戦はどれも稚拙なものが目立ちました。

つまり兵法は学ぶことではなく、実践にこそ意義があるものと言えます。

アマゾン契約と電子書籍の課題

アマゾン契約と電子書籍の課題

前回に引き続き電子書籍をテーマにした本です。

本書は世界最大の本屋であり、日本でも「kindle」を発表し、電子書籍戦争の大本命と目される"アマゾン"と各出版者との契約に焦点を絞った本です。

著者は弁護士であり、出版者の権利を守るという視点に立ってアマゾンが各出版者へ提示した契約書の問題点を細かく分析しています。

少々専門的になってしまうため本ブログで紹介することは避けますが、前半はアマゾンが各出版者へ提示した契約書に潜む問題点の指摘、後半は電子書籍における「出版者~著作権者(作者)との契約書」、そして「出版者~(アマゾンなどの)電子書籍販売サイトとの契約書」のひな形が掲載されています。

本書で指摘されている問題点は消費者(電子書籍の購入者)としては気付きにくい新たな視点を与えてくれます。

少なくとも出版業界に携わる人にとっては必読しておきたい1冊です。

出版大崩壊

出版大崩壊 (文春新書)

最近のもっともホットなWebの話題といえば、"電子書籍"です。

アマゾン「kindle」アップル「iPad」グーグル「nexus」楽天「kobo」・・・・その他にも電子書籍をサポートした多くのデバイスが発表されています。

紙媒体がデジタル化され場所や時間を選ばずに安価に書籍が入手できる時代の到来は、”便利”そのものであり、単純に喜ぶべきものであると考えているのは私だけではないはずです。

本書は出版社に30年以上にわたり勤め続けた山田順氏によって書かれた本です。
著者は電子書籍に限りない可能性を感じ、長年務めた出版社を飛び出しましたが、やがてその未来が限りなく暗いことに気付き、その理由を1冊の本にしたという内容です。

書籍のデジタル化に伴い出版業界に携わる人々(編集、製紙、印刷、製本、流通、小売)が大きな打撃(=失業)し、個人が作者として電子書籍を出版できるといった仕組み(=セルフパブリッシング)が確立してゆくことは容易に想像できます。

Web上の情報は"無料"であるという文化がデジタルの宿命とも言える不正コピーの横行を招き、そして手軽な個人出版による書籍の氾濫により良質な作品が洪水の中に飲み込まれてゆくという本書の内容は、私にとって説得力のあるものでした。

これはインターネットに慣れ親しんだ若い世代になればなるほど顕著になってゆきます。

例えば新聞のような時事的な内容を扱ったWeb上のニュース、youtubeの中にある高品質な動画へ対してさえ料金を支払うという発想は薄く、たとえ支払ったとしても少額(=少なくとも紙面やDVDへ対して支払う金額より圧倒的に安い)であることが条件になります。

その結果として今までプロフェッショナルとして活躍してきた実力ある作家たちがアマチュア作家と同じ条件で競争せざるを得ない状況となり、コンテンツの品質が限りなく低下してゆくというものです。

私のように"読書"を趣味とする人間にとって読みたい作品が存在しない時代の到来は、デジタル化以前の問題です。

書籍や音楽のデジタル配信の世界に共通するのは、グーグルやアップル、アマゾンといったプラットを提供する企業のみが圧倒的な利益を得れる仕組みが主流になりつつあり、それはDeNAやGREEといったソーシャルゲームの分野にも完全に浸透しています。

そして何故かコンテンツを流通する仕組みを持ったこれらの企業がどれも30%のマージンを設定しているのも不思議ですが、彼らが驚異的な収益を上げているのも事実です。

もっと大きな視点から見ると、情報の共有化、そして共有化された情報は"無料"が当たり前といったインターネットの文化が曲がり角に差し掛かっていると感じます。

絶対やってはいけない! 負ける面接100

絶対やってはいけない! 負ける面接100

人材コンサルタントである著者が、面接時に絶対にやってはいけないことを100項目に渡って紹介した1冊です。

私自身は人事担当ではありませんが、中途採用の面接担当を述べ約20名ほど経験しています。
そして年内に会社で2名程度の採用を考えていることもあり、興味本位で手軽に読める本書を手にとってみました。

もちろん本書は"面接を受ける側の視点"で書かれたものですが、面接のノウハウを殆ど勉強したことのない立場として、少しでも参考になればと考えていました。

そして結論だけを先に書いてしまえば、本書は殆ど役に立ちそうもありませんでした。
理由は主に新卒者向けに書かれていること。更にはその中でも最も入門書的な位置付けにあったため、社会人をある程度経験した立場から見ると、どれも当たり前のことが書かれていたからです。

本書で紹介されている面接でNGとされている項目をほんの一部紹介してみます。

  • 汗をだらだら流しながら、遅刻してくるヤツ
  • ネトゲ廃人を自慢するヤツ
  • 自己紹介の時に、出身大学と名前しか言わないヤツ
  • 志望動機が「安定」というヤツ
  • 「世界平和」目指すことが大きすぎるヤツ
  • 椅子にふんぞりかえって座るヤツ

社会人に限らず就職活動について調べて学生であれば、どれも面接時において得策ではないことが一目で分かるレベルです。

一方でこれから就職活動を始めようとする学生にとっては、曖昧になっている面接時の禁止事項を手っ取り早く学べる本でもあり、これは新卒当時にいい加減な就職活動を行った過去の私自身にも当てはまります。。

活字に馴染んでいない学生でも気軽に読める文体で書かれていることもあり、一番最初に手に取る面接の参考書としては悪くないと思います。

転職を考えている人は経験やスキルが重視されるため、本書は面接時のタブーを再確認するためにさらりと目を通す程度で充分だと思われます。

これからの「正義」の話をしよう

これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

ハーバード大学
の政治哲学の講義を1冊の本にしたものです。
つまり著者のマイケル・サンデルは同大学の教授でもあります。

日本でもベストセラーになりましたが、それは哲学という"専門的"、"難解"といったイメージを払拭することに成功したからではないでしょうか。
しかもそれが世界でも屈指の名門校"ハーバード大学"で講義された内容とあれば尚更です。

本書のテーマはタイトルにもある通り、ズバリ"正義"です。
言うまでもなく抽象的な言葉ですが、本書では"正義"そのものを定義付け、そして"正義"を体現する政治(国)を論じる壮大なテーマです。

よく宗教と哲学の違いについて論じられることがあります。
宗教はそれを信じる者にとって"真理ありき"なのに対し、哲学は(心理的なものを含め)世の中の様々な事象を解析して"真理の原則"を見出そうとするものです。

ただし高名な哲学者が敬虔な信者であるケースも多く、両者の区別を簡単に切り離すことが出来ないのも事実です。

本書の特徴は哲学を考えるにあって具体的なケースを挙げてゆく点です。
それは実際の出来事であったり、問題を分り易く整理するために架空の出来事であったりしますが、読者が"正義"というテーマと向き合い考えさせられる内容になっています。

例えば本書では下記のケースを挙げています。


・暴走する路面電車(ケース1)
あなたがブレーキの壊れた疾走する暴走電車の運転士だったとしよう。
前方に5人の作業員が工具を手に線路へ立っている。一方で右側へと逸れる待避線が目に入るが、そこにも1人の作業員がいる。もし路面電車を待避線へ向ければ1人の作業員は死ぬが、5人の作業員は助かる。。。。

・暴走する路面電車(ケース2)
今度はあなたは運転士ではなく傍観者で、線路を見下ろす橋の上に立っている(今回は回待避はない)。
同じく路線上をブレーキの壊れた路面電車が暴走してくる。
前方には5人の作業員がいて大惨事は免れない状況だ。
しかしふと隣を見ると、この出来事にまったく気付いていないとても太った男がいる。あなたはその男を橋から突き落として、疾走してくる電車の行く手を阻むことができる(あなたは自分で飛び降りることも考えるが、小柄過ぎて電車を止められないことが分かっているとする)。その男は死ぬだろう。だが5人の作業員は助かる。。。


これは架空の例ですが、多くの命を救うことが正義だとすれば、<ケース1>では待避線に電車を侵入させる、<ケース2>では男を橋から突き落とすのが正義ということになります。

しかし<ケース2>では、殆どの人が道徳的な疑問を抱き、躊躇するのではないでしょうか?
そしてその理由は何でしょうか・・・?


「人によって考え方が違うのは当然であり、世の中に絶対的な正義など存在しない」
こう発言する人の気持ちも分かりますが、果たしてその人は"正義"について真剣に考えたことがあるのでしょうか?


生まれた家庭環境、地域、国、人種、性別の違い。
そして信じる宗教、学歴、経験してきたことの違いなど・・・・。

本書はこうした多く違いを目の前にしてさえも、これらを超越して皆が同意できる"正義"を探求する価値があると示唆しています。


本書は分量が相当あり、1つ1つの文章を骨格のように組み上げて精巧な建物を完成させるような構成になっています。よって体系的に本書の内容を理解するためには、大学の講義のようにノートを取りながら読む必要があるかも知れません。