本と戯れる日々


今まで紹介してきた本は900冊以上。
ジャンル問わず気の向くまま読書しています。

新徴組



著者の佐藤賢一氏はヨーロッパを舞台にした歴史小説を得意とする作家として知られていますが、本作品は日本の幕末を舞台とした歴史小説です。

文久3年(1863年)、将軍家茂警護を目的として清河八郎に率いられた浪士組が上京します。

しかし上京早々に清川が浪士組の結成目的が将軍警護ではなく、実は尊皇攘夷であることを宣言すると浪士組は分裂し、芹沢鴨や近藤勇を中心としたメンバーが清川から離反して京都に残り、のちの新選組となります。

そしてもう1つの集団が清川と一緒に江戸へ引き返し、のちの新徴組となるのです。

間もなく清川が暗殺されて新選組は会津藩預りとなり京都の治安維持の任務につき、新徴組は庄内藩預かりとなって江戸の治安維持にあたるため、この2つの組織は兄弟関係にあるといえます。

著者の佐藤氏は山形県鶴岡市の出身であり、まさに庄内藩にゆかりのある題材として本作品を手掛けたことが分かります。

また著者はフランス革命を描いた長編小説を発表していますが、明治維新は日本にとってのフランス革命に位置付けることもできます。

本作品には2人の主人公が登場します。

1人は庄内藩家老の酒井玄蕃であり、新徴組を実質的に率いてのちの戊辰戦争で新政府軍相手に連戦連勝したことから「鬼玄蕃」と恐れられた人物です。

もう1人は沖田林太郎であり、一回り以上年齢が離れているものの新選組で有名な沖田総司の義兄にあたる人物です。

また当然のように剣術も天然理心流を学んでおり、近藤や土方にとって林太郎は兄弟子になります。

本作品はおもにこの林太郎の視点から進行してゆきますが、その性格がかなりユニークに描かれています。

彼には近藤のように時勢を語るでもなく、土方のように目的のためなら手段を選ばない尖った一面もありません。

新徴組に参加した時点で40歳近い年齢だったこともあり、醒めた目線で時代の流れや自分自身を見ており、自分の将来の出世よりも義弟にあたる総司や息子の芳次郎といった身内の心配ばかりしている人物です。

ただし年下であるものの上司にあたる酒井玄蕃のことは信頼というより、心酔しているといってもいいかもしれません。

それでも彼らは時代の流れの中で薩長を中心とした新政府軍と戦うことになり、戦乱に巻き込まれてゆくのです。

新徴組という偶然生まれたような組織が大きな時代のうねりの中でどのような顛末を迎えることになるのか、文庫本で700ページ近い作品を通じてたっぷりと楽しませてくれます。

世界ケンカ旅



極真空手の創始者・大山倍達が、空手こそが最強であることを証明するべく世界中を飛び回り各国の強敵たちと真剣勝負を繰り広げた自伝です。

私にとって大山倍達といえばマンガ「空手バカ一代」であり、プロレスラーやボクサーなどと勝負を繰り広げる場面はもっとも印象に残っています。

私とは世代は違いますが、空手バカ一代に影響を受けて習い始めた人も多かったようです。

つい懐かしくなり、久しぶりに本棚にある「空手バカ一代」を引っ張り出して全巻読んでしまいました。

その後に本書を手に取ったわけですが、やはりマンガと自伝では大筋のストーリーは同じものの違っている点がありました。

まずマンガ「空手バカ一代」の主人公として描かれる大山倍達はとにかく宮本武蔵を尊敬し、純粋で禁欲的な修行者といったイメージで描かれています。

マンガではこの内容がノンフィクションであると解説されていますが、少年誌に連載されることを意識した原作者・梶原一騎の演出が多分に含まれています。

一方で自伝の中の大山倍達はもう少し世俗的です。

強さを求めるという点では一致しているものの、世界中で空手を効果的にプロモーションするための視覚効果としてビン切りやレンガ割などを工夫する姿が描かれています。

つまり大山は単純な空手バカではなく、のちに世界中に極真空手の支部を1000近く設立した実績から分かる通り、有能なプロデューサーであったことが分かります。

実際、世界中で強敵と対戦するのは空手の世界最強を証明する目的もありましたが、立派な道場を設立するための軍資金を得るという目的も同じくらい重要でした。

このあたりの一面はマンガでは殆ど描かれていなかった部分です。

そしてもう1つは大山倍達はかなりの女性好きだったということであり、世界各国の美女と恋に落ちるシーンが登場します。

日本に妻がいるにも関わらず行きずりの女性とニューヨークで同棲するなど、奥さんがこの自伝を読んだらどう思うのだろうかと勝手に心配してしまうほどです。

マンガでは女性の誘惑を振り切るために、武蔵とお通のようなプラトニックな関係が例に出されていましたが、実際はほぼ真逆であり、強敵との対決に勝利した副賞として美女をゲットするという衝撃的なシーンが登場したりします。

先ほど実際の大山倍達は世俗的だったと書きましたが、言い方を変えれば現実的であったといえます。

現実問題としてバックパッカーのように世界を放浪しながら各国の有名な格闘家と対戦要求をしてもまず相手にされませんし、空手を広めるために軍資金が必要なのも当然です。

異国の地での孤独を癒やすために異性に惹かれてしまうのも人間らしい一面であるといえ、少年の頃に読んでいたら幻滅してしまったであろう内容でも、大人になった今なら楽しく読めるのです。

ゾルゲ事件―尾崎秀実の理想と挫折



半年近く前に古本市で購入した本です。

ゾルゲ事件」といえば戦中に起きたコミンテルン(国際共産主義運動の指導組織)のスパイ組織が日本国内で摘発された事件として有名ですが、あまり詳しい内容を知らなかったため何となく購入しておいた1冊です。

首謀者であるリファルト・ゾルゲと共にスパイとして中心的な役割を果たした日本人が尾崎秀実(おざきはつみ)でした。

親子ほど年齢が離れていますが、著者の尾崎秀樹(おざきはつき)は事件によって摘発され処刑された秀実の弟にあたる人物です。

秀樹の本業は文芸評論家であり、事件当時は未成年であった著者は当然のようにゾルゲ事件に無関係でしたが、兄が深く関わったこの事件の真相を明らかにすることが彼のライフワークになっていたようです。

本書ではまず兄である尾崎秀実の経歴を辿ってゆき、どのようにマルキスト、共産主義者、社会主義者など色々な言い方がありますが、とにかく左翼の立場になったのかを紹介・分析しています。

続いてリファルト・ゾルゲについても同じように彼の経歴を紹介しています。

とにかくこの2人はさまざまな経歴を辿り、上海で運命的な出会いを果たすのです。

当時の中国は中国国民党中国共産党が協力や敵対を繰り返す内戦状態であり、そこへ大日本帝国が国民党の蒋介石へ宣戦布告を行い、日中戦争の火ぶたが切って落とされるという混沌とした状態でした。

もちろんこの2人は中国共産党を支援する活動をするのですが、やがて彼らの活躍の舞台は、日米開戦が噂される日本へと移ってゆくのです。

彼らの活動はテロといった過激なものではなくインテリジェンス活動だったようですが、著者によれば仲間の裏切りにより検挙されたと主張しています。

やがて獄中の様子、さらにはそこで書かれた書簡などから浮かび上がってくる尾崎の描いたユートピアについて触れてゆきます。

本書を読めばゾルゲ事件がどのような経過を辿って起きたのか、また事件関係者たち(諜報団)の人間関係、さらにはその中心にいたゾルゲや尾崎の目指す政治的思想が分かってきます。

当時は「国際諜報団事件」としてセンセーショナルに取り上げられた事件だったようですが、国体を揺るがしかねない共産主義を危険な思想とみなし、必要以上に神経質になっていた時代背景もあり、死刑という判決は重すぎるという印象を受けます。

そうした意味では、ゾルゲ事件の関係者は国家権力による行き過ぎた言論統制の犠牲者といえます。

それでも2人に共通するのは確固たる信念を持って行動したことであり、極刑という判決に際しても毅然とそれを受け入れたということです。

運動脳



本屋でこの「運動脳」を見かけたとき、タイトルから運動でパフォーマンスを発揮するための脳の使い方を解説した本だと思いました。

しかし実際はまったく違い、人間の持つ器官の中でもっとも複雑でそれゆえ科学的に解明されていない部分が多い、「」の可能性を引き出すためには「運動」がもっとも優れているという主旨の本です。

本書の目次は以下の通りです。
  • 第1章 現代人はほとんど原始人
  • 第2章 脳から「ストレス」を取り払う
  • 第3章 「集中力」を取り戻せ!
  • 第4章 うつ・モチベーションの科学
  • 第5章 「記憶力」を極限まで高める
  • 第6章 頭のなかから「アイデア」を取り出す
  • 第7章 「学力」を伸ばす
  • 第8章 健康脳
  • 第9章 最も動く祖先が生き残った
  • 第10章 運動能マニュアル

運動をするこでストレスに強くなり、うつ病を改善し、集中力や記憶力、さらには創造力を高め、認知症や老化を防ぐといった驚くべき内容になっています。

運動といってもアスリートのような激しいメニューではなく、30分の軽いランニングやウォーキングといった内容です。
(むしろトライアスロンにような苛酷な運動はマイナス面のほうが多い)

本書に書かれていることが事実であれば、睡眠薬、抗うつ薬、抗認知症薬などの医療品、さらには脳トレなどの商材なども不要になってしまいます。

著者はそれを「まさにその通り」であると断言し、世界中にこの考えが広まらない理由は「お金」の問題だとしています。

たとえば新薬の開発には莫大な費用がかかり、その他の商材でも同様に宣伝やマーケティングへ多くのコストが投下されています。

コストがまったくかからない運動、たとえば「うつ病には薬よりも運動が効果的」といったような企業へ利益をもたらさない宣伝へコストを投下する企業は現れません。

つまり本書に書かれていることは多くの企業にとって「不都合な真実」なのです。

そこで読者が興味を持つのは、「なぜ運動が脳に良いのか?」、「どのくらい効果があるのか?」といった点だと思いますが、本書ではほぼ全編に渡って世界中で行われたさまざまな実験データと共に、その根拠と仕組みが解説されいます。

一般的に運動が健康によいと思っている人が大多数だと思います。

一方で運動がもたらす恩恵はダイエットだけでなく、お金では買えないほど貴重なものであることを本書は示唆しており、運動不足を実感している人がいればまずは本書を手にとってみてモチベーションを高めてみてはいかがでしょうか。

江戸五人男



子母澤寛が昭和12年に講談社の雑誌「キング」に連載した時代小説です。

普段は歴史小説は読んでも時代小説はあまり読みませんが、子母澤寛の作品が好きなので手に取ってみました。

タイトルの五人男として登場するのは次の5人です。

  • 500石の旗本(いわゆる直参)の此村大吉
  • 小間物屋とは仮の姿で正体は名だたる盗賊・天竺小僧として知られている半次郎
  • 釣り鐘盗っ人としてこれまた有名な鼠山の吉五郎
  • 盗っ人から鬼より怖いと噂される岡っ引・駒形の弥三郎
  • 元旗本で今は由緒ある本勝寺の住職であり怪力の宗円

さらにここに常磐津の師匠で此村の恋人である文字栄、馬喰町・伊豆屋の娘お雛、敵役などが加わり登場人物は多彩です。

どれも一癖あるキャラクターですが、本作品のように盗賊が活躍する作品を歌舞伎や講談では"白浪物(しらなみもの)"と呼んだようです。

ストーリーのテンポは良く、次から次へと場面が切り替わる描写は読者を夢中にさせ、一気に最後まで読ませてしまうような魅力があります。

物語が膨らみすぎて回収されない伏線も多少ありますが、こうした作品に必要なのは勢いとテンポであり、個人的にはあまり気になりませんでした。

本作品を読んでいると講談を聴いてるような気分になり、子母澤寛がかなりの講談好きだったのではないかと推測してしまいます。

子母澤寛の祖父は御家人であり、幕末には彰義隊にも加わった経験があったといいます。

作者はこの祖父からの影響を強く受けているためか、今の作家には表現できない江戸時代の雰囲気を作品中に漂わせる力があるような気がします。

時代小説好きであれば古典的な作品として一度は読んでみることをおすすめします。