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ゾルゲ事件―尾崎秀実の理想と挫折



半年近く前に古本市で購入した本です。

ゾルゲ事件」といえば戦中に起きたコミンテルン(国際共産主義運動の指導組織)のスパイ組織が日本国内で摘発された事件として有名ですが、あまり詳しい内容を知らなかったため何となく購入しておいた1冊です。

首謀者であるリファルト・ゾルゲと共にスパイとして中心的な役割を果たした日本人が尾崎秀実(おざきはつみ)でした。

親子ほど年齢が離れていますが、著者の尾崎秀樹(おざきはつき)は事件によって摘発され処刑された秀実の弟にあたる人物です。

秀樹の本業は文芸評論家であり、事件当時は未成年であった著者は当然のようにゾルゲ事件に無関係でしたが、兄が深く関わったこの事件の真相を明らかにすることが彼のライフワークになっていたようです。

本書ではまず兄である尾崎秀実の経歴を辿ってゆき、どのようにマルキスト、共産主義者、社会主義者など色々な言い方がありますが、とにかく左翼の立場になったのかを紹介・分析しています。

続いてリファルト・ゾルゲについても同じように彼の経歴を紹介しています。

とにかくこの2人はさまざまな経歴を辿り、上海で運命的な出会いを果たすのです。

当時の中国は中国国民党中国共産党が協力や敵対を繰り返す内戦状態であり、そこへ大日本帝国が国民党の蒋介石へ宣戦布告を行い、日中戦争の火ぶたが切って落とされるという混沌とした状態でした。

もちろんこの2人は中国共産党を支援する活動をするのですが、やがて彼らの活躍の舞台は、日米開戦が噂される日本へと移ってゆくのです。

彼らの活動はテロといった過激なものではなくインテリジェンス活動だったようですが、著者によれば仲間の裏切りにより検挙されたと主張しています。

やがて獄中の様子、さらにはそこで書かれた書簡などから浮かび上がってくる尾崎の描いたユートピアについて触れてゆきます。

本書を読めばゾルゲ事件がどのような経過を辿って起きたのか、また事件関係者たち(諜報団)の人間関係、さらにはその中心にいたゾルゲや尾崎の目指す政治的思想が分かってきます。

当時は「国際諜報団事件」としてセンセーショナルに取り上げられた事件だったようですが、国体を揺るがしかねない共産主義を危険な思想とみなし、必要以上に神経質になっていた時代背景もあり、死刑という判決は重すぎるという印象を受けます。

そうした意味では、ゾルゲ事件の関係者は国家権力による行き過ぎた言論統制の犠牲者といえます。

それでも2人に共通するのは確固たる信念を持って行動したことであり、極刑という判決に際しても毅然とそれを受け入れたということです。