本と戯れる日々


今まで紹介してきた本は900冊以上。
ジャンル問わず気の向くまま読書しています。

背中の勲章



日米が真っ向から衝突した太平洋戦争においてアメリカに囚われた日本人捕虜1号として、真珠湾攻撃時に特殊潜航艇の搭乗員であった酒巻和男が知られています。

そして本作品の主人公である中村末吉は、酒巻につづく日本人捕虜第2号になります。

中村は一水(一等兵)として特設監視艇隊に配属され、「長渡丸(ちょうとまる)」の搭乗員となります。
長渡丸」といってもその実体は徴用された漁船に過ぎず、そこに無線機と最低限の武器だけを載せて太平洋上で敵艦隊や飛行隊を監視するという任務に就いていたのです。

しかも無線は敵発見時にしか使用を許されず、それを使用すれば直ちに敵に発信源を突き止められるという運命が待っていました。

当時は陸海軍に限らず、「生きて虜囚の辱めを受くるなかれ」という考えが徹底されており、中村らも敵に発見された際には敵の軍艦へ向かって玉砕することが暗黙の任務とされていました。

漁船で敵の軍艦へ体当たりしたところで大した損害を与えられるとは思えませんが、当時は米軍に捕まれば残酷な拷問の末に殺されるというウソが兵士たちへ教え込まれており、何より生きて敵に捕まるのは恥であるという価値観が徹底して刷り込まれていたため、誰も疑問を抱くことはありませんでした。

日本軍の上層部としては助かる兵士の命を救うという考えなど微塵もなく、捕虜として作戦機密を敵に漏らされる方が都合が悪いと考えていたことは明らかです。

その中で主人公の中村は、特攻しようとした漁船を沈められ海上で気絶しているところを捕らえられたのです。

当然のように彼は生きて捕虜になったことを恥じ、まともに尋問に答えることもなく「早く殺せ」の一点張りで押し通し、護送中の船から海へ飛び降りて自殺を図ることさえ試みます。

それでも時間の経過とともに態度を軟化させ、捕虜収容所の中でいつか日本軍がアメリカ本土に上陸して自分たちを解放してくれることに希望を抱くようになります。

しかし月日が流れミッドウェー海戦、、アッツ島、ガダルカナル、硫黄島、沖縄などの生き残り日本兵が収容所へ送られてくると、日本がアメリカ相手に苦戦していることが分かってきます。

加えて捕虜たちはドイツが降伏したという衝撃的なニュースを耳してさえ誰もが最後まで「日本が破れるわけはない。神州不滅だ。必ず日本は勝つのだ。」と信じていたといいます。

これは国を挙げて総力戦を闘い抜くために作り出された法や制度、思想、教育といったものが、日本人へ対しいかに集団的狂気をもたらしたかという歴史的事実を描いた作品でもあるのです。

著者の吉村昭氏は、昭和40年後半に主人公となる中村末吉氏に直接取材をして本作品を完成させています。

終戦後、生きて故郷へ帰り年老いた母と抱き合い泣いた人間と、捕虜収容所のベッドに拘束されたままアメリカ兵へ「殺せー、殺せー」と迫り暴れた人間が同一人物であったことを忘れてはならないのです。

愛国商売



古谷経衡氏は、文筆家としておもに若者をターゲットにした言論活動をしています。
よってその著作も社会を色々な角度から分析したものや、自らの主義主張を書籍としてまとめたものが殆どです。

本作品は自らの実体験を元にした小説という形をとっており、今までの著作の中では異色といえます。

古谷氏はかつて保守思想に傾倒し、その中でもネット右翼と呼ばれる人たちに共感していたといい、本書に登場する主人公はかつての古谷氏自身を投影した人物として登場します。

作品の主人公(南部照一)は保守系言論人の勉強会に参加したことをきっかけに、あっという間に保守論壇期待の新人という地位へと昇ってゆくのです。

この作品は2つの楽しみ方があります。

1つ目は右派論壇の人たち、そしてそれを取り巻くネット右翼(通称:ネトウヨ)の実態がよく分かるという点です。

もちろん普通にそうした内容を解説することも可能ですが、小説という形をとることで物語に没入する読者に身近に感じられるといった効果があります。

たとえば作品に登場するネトウヨは男性比率が圧倒的に高く、しかも平均年齢も高めです。
そこにはコミンテルン陰謀論、彼らの称す反日メディアと言われる媒体、在日特権と言われるもの、また在留韓国・朝鮮人への批判などに溢れており、その大半は学術的な根拠のない「とんでも論」なのです。

著者自身がかつて身を置いていた世界だけに、こうしたネトウヨと呼ばれる人たちの描写にはリアリティと迫力に溢れています。

2つ目は青春小説としても読める点です。

大学を卒業して就職もせず個人所業主として私設私書箱サービスを営む主人公は、別にやりたいこともない、何者にもなれていない若者の1人です。

そんな主人公が興味本位で保守界隈の世界に片足を突っ込むやいなやあっという間に期待の新星として祭り上げられ、やがてその狭い世界で複雑な人間界や利権争いに巻き込まれてゆく過程は、若者にとっての劇的な環境の変化であり、読者は純粋に青春小説としてストーリーを楽しむことができるという点です。

本作品ではかなりのページが狭い右翼界隈内における権力争いのシーンに割かれていますが、その描写はドロドロとしたものではなく、登場人物はどれもどこか抜けた(=脇の甘い)人たちであり、皮肉とユーモラスを交えて書かれています。

タイトルにある「愛国商売」は皮肉以外の何ものでもなく、右派界隈に溢れている陰謀論はある意味でネトウヨをはじめとした支持者たちを惹き付けておくための保守言論者たちの撒き餌なのです。

そして彼らはそうした発信を続けなければ支持者を失い、あっという間に失職してしまうという儚さと悲哀を表してるのです。

サイコパスの真実



2017年、神奈川県座間市にあるアパートの一室で、9人の頭部と骨などが見つかるという衝撃的な事件が起きました。
最近では現実とは思えないほどの事件を起こす凶悪犯罪者に共通する特徴として「サイコパス」が注目されています。

そして犯罪者の脳の機能や構造に関する研究が進み、少しずつサイコパスに関する新たな事実も分かりつつあり、従来のサイコパスへの常識が大きく変わろうとしています。

本書では犯罪心理学を研究している原田隆之氏が、興味本位ではなく、最新の科学的知見に基づきサイコパスを解説している入門書です。

まずサイコパスという特性をもつ人すべてが犯罪者ではなく、むしろその大多数が犯罪とは無関係であると前置きしています。
一方で統計では100人に1人はサイコパスである可能性があることも判明しており、その原因(遺伝なのか生活環境によるものなのか)の解説、またその治療法についても言及しています。

サイコパスにはさまざまな形態をとり、相当の多様性があるため、どの特徴が強調されるのかは人それぞれなのですが、サイコパスの特徴として挙げられているものを本書より抜粋してみたいと思います。


第一因子:対人因子

表面的な魅力
一見人当たりがよく、魅力的である。
相手を惹きつけるだけの魅力と、卓越したコミュニケーション能力を持つが、そこに感情はなく、それは偽の優しさである。

他者操作性
心に弱みや不安を抱えている人を見抜くのが得意で、巧みのその心の隙間に取り入ろうとする。
そしてその相手は自分の欲求を充足するための対象でしかなく、経済的な搾取や暴力等を利用して自らの支配下へ置こうとする。

病的な虚言癖
息を吐くように嘘をつき、しかも嘘がばれてもまったく動揺の気配を見せない。
あまりにも平気な態度であるため、相手は狐につままれたような気分になり、こちらの方が間違っていたのではないかと思うほどである。

性的な放縦さ
不特定多数の相手と性的な関係を結ぶ。
もちろんそこに愛情はなく、自分の性的欲求を充足させるための単なる道具としか見ていない。

自己中心性と傲慢さ
自分が世界の中心であると信じて疑わず、自分自身がルールであり、ほかに従うべきルールはないと思っている。
自らの行為が周囲から責められることがあっても、悪いのは社会であり、そのルールが間違っているとすら考える。

第二因子:感情因子

良心の欠如
他者への思いやりや配慮を欠き、相手がどうなろうがまったく気にかけない。
つまり悪事をはたらいても良心の呵責から後悔することもない。

共感性や罪悪感の欠如
知能に問題ななく善悪の区別はついているが、共感性という歯止めがないため平気で悪事をはたらく。
被害者へ遺族の感情に思いを馳せることができないため、愛情や反省を口にすることはできても心はまったく動いていない。

冷淡さ、残虐性
他人にはとことん冷たく、冷酷になることができ、残忍なことも平気で行う。
暴力への抵抗感がないため、歯止めが利かないのである。

浅薄な情緒性
一見人当たりがよいが、よくよく付き合うと言葉だけが上滑りして感情自体はとても薄っぺらい。
情緒を表す語彙が乏しく。「言葉を知っているが、響きを知らない」状態。

不安の欠如
不安や恐怖心が欠如している。
そのため相手を傷つけ、社会のルールに反する行動であっても大胆に行動を起こすことができ、そこにためらいや動揺は見られない。

第三因子:生活様式因子

現実的かつ長期的目標の欠如
彼らは現在にしか根を張っていないので、過去のことにはこだわらず、将来のことも考えない。
そのため貯金や健康維持に関心がなく、その日暮らしのような浮き草的生活となりやすい。

衝動性と刺激希求性
目先の楽しみの心を奪われて、後先のことを考えない。
違法薬物や危険運転、頻繁な引っ越し、ふらっとあてもなく旅に出ることも多い。

無責任性
生活のあらゆる面で無責任は行動を取る。
借金を平気で踏み倒す、仕事でも遅刻や欠勤の常習犯であり、結婚しても配偶者を顧みることなく、育児や親としての責任を放棄する。

第四因子:反社会性因子

これまでの良心や共感性を欠き、衝動的で無責任な彼らの行動パターンは、当然のことながら犯罪という形を取ることが多い。 なかには巧みに法の網をかいくぐったり、法律違反すれすれのところでうまく立ち回っていたりする者もいるが、反社会性という点に関しては変わらない。
最後に忘れてならないのは、安易にサイコパスというレッテルを貼るのは、その人が社会的に相当な不利益を受けることになるため慎まなければなりません。

また一般人がサイコパスを正確に見抜くのは不可能であり、適切な資格や学位を有した者が、さらに定められた研修と訓練を受けてはじめて診断可能になるそうです。

つまりここに記載されたサイコパスの特徴は専門家の解説として参考程度にすべきでしょう。