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ジャンル問わず気の向くまま読書しています。

愛国商売



古谷経衡氏は、文筆家としておもに若者をターゲットにした言論活動をしています。
よってその著作も社会を色々な角度から分析したものや、自らの主義主張を書籍としてまとめたものが殆どです。

本作品は自らの実体験を元にした小説という形をとっており、今までの著作の中では異色といえます。

古谷氏はかつて保守思想に傾倒し、その中でもネット右翼と呼ばれる人たちに共感していたといい、本書に登場する主人公はかつての古谷氏自身を投影した人物として登場します。

作品の主人公(南部照一)は保守系言論人の勉強会に参加したことをきっかけに、あっという間に保守論壇期待の新人という地位へと昇ってゆくのです。

この作品は2つの楽しみ方があります。

1つ目は右派論壇の人たち、そしてそれを取り巻くネット右翼(通称:ネトウヨ)の実態がよく分かるという点です。

もちろん普通にそうした内容を解説することも可能ですが、小説という形をとることで物語に没入する読者に身近に感じられるといった効果があります。

たとえば作品に登場するネトウヨは男性比率が圧倒的に高く、しかも平均年齢も高めです。
そこにはコミンテルン陰謀論、彼らの称す反日メディアと言われる媒体、在日特権と言われるもの、また在留韓国・朝鮮人への批判などに溢れており、その大半は学術的な根拠のない「とんでも論」なのです。

著者自身がかつて身を置いていた世界だけに、こうしたネトウヨと呼ばれる人たちの描写にはリアリティと迫力に溢れています。

2つ目は青春小説としても読める点です。

大学を卒業して就職もせず個人所業主として私設私書箱サービスを営む主人公は、別にやりたいこともない、何者にもなれていない若者の1人です。

そんな主人公が興味本位で保守界隈の世界に片足を突っ込むやいなやあっという間に期待の新星として祭り上げられ、やがてその狭い世界で複雑な人間界や利権争いに巻き込まれてゆく過程は、若者にとっての劇的な環境の変化であり、読者は純粋に青春小説としてストーリーを楽しむことができるという点です。

本作品ではかなりのページが狭い右翼界隈内における権力争いのシーンに割かれていますが、その描写はドロドロとしたものではなく、登場人物はどれもどこか抜けた(=脇の甘い)人たちであり、皮肉とユーモラスを交えて書かれています。

タイトルにある「愛国商売」は皮肉以外の何ものでもなく、右派界隈に溢れている陰謀論はある意味でネトウヨをはじめとした支持者たちを惹き付けておくための保守言論者たちの撒き餌なのです。

そして彼らはそうした発信を続けなければ支持者を失い、あっという間に失職してしまうという儚さと悲哀を表してるのです。