メディアの興亡 下
ノンフィクション作家・杉山隆男氏が大手新聞社(読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、日本経済新聞)の昭和史をダイナミックに描いた作品です。
作品中で各新聞社の歴史を辿りながらも中心となるストーリーは、業界の中でいち早く紙面を従来の活字ではなくコンピューターで製作することを目指した日本経済新聞、そしてそのライバルであり、盟友でもあった朝日新聞、さらにはこの2社のシステム開発を請け負った米国IBM社です。
まずコンピューター化といっても日本の紙面作りは複雑かつ独自であり、それを門外漢であるIBM社が理解するところが最初の困難になります。
とくにIBM社の技術者はアメリカ人が中心だったため、日本人ですら理解が難しい新聞の紙面作りの考え方を正確に伝えて理解してもらうためには気の遠くなるようなプロセスが必要でした。
一方でアメリカ側の技術者が日本語を理解出来ないが故に、ブレイクスルー(突破口)が開きます。
それは文字を模様(記号)として捉え、指定した座標枠に自由に配置できる仕組みを作るという考え方であり、それは漢字を見ただけで無意識に意味を連想してしまう日本人にはなかなか生まれなかった発想でもありました。
ちなみにこのシステムを担当したのは、NASAを担当して人類初の月面着陸に際して彼らが地球に帰還するための精密な軌道計算のシステムを作った当時の最高のエンジニアたちでした。
実は日本経済新聞が目指した紙面作りのコンピューター化は世界初の試みでもあり、当時から多国籍企業であったIBM社にとって世界的なマーケットを見据えることのできる魅力的なプロジェクトだったのです。
また技術的な困難があると同時に、コンピュータを使った紙面作りのシステム開発には膨大な費用がかかります。
決して余裕のある財務状況になかった新聞社がこのプロジェクトを進めるためには、経営者としての先見性、そして社員たちを牽引するための手腕が技術力と同じくらい重要でした。
本プロジェクト実現のために数々の困難に立ち向かう場面描写は、NHKの「プロジェクトX」を見ているようであり、本当にギリギリのところで実現したことが分かります。
そしてこのストーリーと並行するようにして描かれているのが、毎日新聞社が大手新聞社の中から少しずつ没落してゆく過程です。
借金がどんどん膨らんでゆく中で新社屋の建設や子会社への資金援助、さらにはかつての幹部役員たちの私腹を肥やすかのような資金用途が明らかになり、危機感をつのらせた社員や経営者が会社を立て直そうにも複雑な社内の権力闘争によりなかなか進まない過程が描かれています。
こちらはテレ東の「ガイアの夜明け」のような雰囲気があります。
さらに主要な登場人物についても丁寧にその経歴を掘り下げてゆき、それがサイドストーリーのように展開されてゆく構成は多少複雑ではあるものの、上下巻800ページにも及ぶ分量になるのも納得の内容であり、1人の作家が丹精を込めて作り上げた作品であることを実感しながら読み進めました。
私自身は該当しませんが、マスコミ業界で働いている人、これから就職を目指している人であれば必読の作品ではないでしょうか。
メディアの興亡 上
ノンフィクション作家である杉山隆男氏は自衛隊を取材したルポ"兵士シリーズ"が有名で本ブログでも紹介していますが、彼の出発点は新聞記者でした。
本作品「メディアの興亡」は新聞記者を辞めてから作家へ転身したあとのデビュー作であると同時に、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した出世作でもあります。
1986年(昭和61年)に発表された本作品で扱っているのは、かつて彼自身が身を置いていた新聞社であり、中でも大手新聞社といわれる読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、日本経済新聞が昭和30年代後半から昭和40年代にかけて経験した激動の時代を扱っています。
戦前から長い期間に渡って新聞は大衆メディアの頂点に君臨し続けていましたが、ラジオやテレビの登場とともにその地位は少しずつ揺らいでゆくことになります。
昭和30年代に入り新聞業界はほかの産業分野と比べて機械によるオートメーション化が遅れている状態で、戦前から続く鉛の活字を人手で1つずつ並べて版を作る活版印刷が中心でした。
さらに通信技術も未発達だったため、新聞本社には新聞記者のデスクと巨大な輪転機を設置する工場を同じ建物内に同居させる必要があり、都心に広大な土地が必要でした。
本書の前半では大手新聞社が全国的に部数を伸ばしてゆく歴史が語られており、さらには時代に取り残されつつある新聞業界を改革してゆくために立ち上がった経営者や技術者たちの物語へと展開してゆきます。
中でも日本経済新聞社は、いちはやく紙面をコンピュータで製作するプロジェクトを立ち上げ、米国のIBM社とともに技術研究を進めてゆきます。
コンピュータ化といってもインターネットが登場するはるか以前の時代だったため、現在と比べるとその性能は著しく低く、複雑な紙面を作成するためには多くの技術的な障壁がありました。
一方で活字を廃止するという方針は、工場で働く多くの社員たちが不要になることも意味しており、労働組合などから激しい抵抗を受けることになります。
新聞業界が経験した昭和の激動を綴ったスケールの大きなドキュメンタリーであり、上下巻で800ページという大作でありながらも読者を夢中にさせてくれます。
心を鍛える
サイバーエージェントを創業して現在は会長職にある藤田晋氏、そしてさまざま分野で実業家として活躍を続ける堀江貴文氏による共著です。
この2人の関係はよく知られていますが、一言で表すとお互いが創業間もない20代の頃から交流が続く気心の知れた同志とも言える関係です。
私の印象ではいつも冷静で落ち着いている藤田氏と、活発でときに過激な発言をする堀江氏という正反対の性格ですが、お互いの価値観には共通している部分も多く、相性が良いように見えます。
タイトルに「心を鍛える」とありますが、お互いに起業家として活躍し、組織のトップとして何度も危機を乗り越えてきた経歴を見れば、2人とも"鍛えられた心"の持ち主であるのは疑いようがありません。
本書はビジネス書でありながら2人の対談という形ではなく、往復書簡という形で学生時代から現在に至るまでの自身の経歴を振り返りつつ、そこへ心を鍛えるためのヒントを散りばめてゆくという形式をとっています。
たとえばアスリートが結果を出すためには強いメンタルが不可欠ですが、それを大会や試合へ向けてピークへと持ってゆく瞬発力が必要になります。
一方で本書の2人のように実業の世界で継続的に結果を出し続けるためには、強いメンタルに持久力が求められます。
そして多くの社会人にとって後者の方が共通する部分が多いのではないでしょうか。
創業期の混乱と目まぐるしい日々、上場してのちの株主や取引先からのプレッシャー、さらに世間からの理不尽ともいえる罵詈雑言など、2人とも多くの苦しかった時期を経験して乗り越えているだけに、本書から何らかのヒントが得られるのと思います。
そしてやはり書籍の良い点は、メディアへ出演して発言する場合と違い、より言葉を選んで丁寧に発信することが出来る点です。
いつもは過激な発言で知られる堀江氏にも本書では読者へアドバイスを与えつつも、時には励ますような語り口であり、いつもと雰囲気が違うように感じます。
また先に説明したように、本書には2人が自らの経歴を振り返る自伝という要素もあり、無味乾燥なノウハウ本とは違い、単純に読み物として楽しめるのもお勧めできる点です。
七帝柔道記II
以前本ブログで紹介した増田俊也氏「七帝柔道記」の続編です。
書店で本書を見つけて迷わず購入しましたが、それは前作が青春スポーツ小説として抜群に面白かったからです。
オリンピック柔道とはまったく異なる寝技中心のルールで行われる七帝柔道(高専柔道)にすべてを捧げた若者たちの青春を描いた作品であり、しかもこの競技は世間から注目される機会もすくないマイナースポーツです。
つまり日本一になったとしても競技者として生活してゆくことは無理であることを承知で長時間に及ぶ苦しい練習に学生生活の大部分を捧げ、勉学や単位取得のための障壁にはなっても手助けになることはありません。
なぜこれだけの練習を続ける必要があるのか?
その理由は、昔から七帝柔道は「練習量がすべてを決定する」と言われているからです。
つまり大学に入学した時点で寝技を本格的に習った経験のある学生は皆無であり、加えて寝技を習得するためには元々持っている素質よりも経験が物を言うという性質を持っているからだと思います。
それ故に大学から寝技を始めた選手が、中高の柔道経験者へ対して勝利することも珍しくありません。
主人公は著者自身であり、自らの経験をそのまま青春小説かした内容となっており、前作では1、2年の頃が描かれており、本作品では3、4年の時期が対象になっています。
3年生にもなると完全にチームの主力であり、さらに4年生になればチームを引っ張る必要があります。
下級生の頃には厳しくてうるさい先輩という存在が邪魔で早く上級生になりたいと考えますが、いざ上級生になると自分のことだけではなく、後輩含めたチーム全体のことを考える必要があり、その重圧を実感すると下級生の頃の方が気楽だったと思うものです。
しかも主人公が所属する北大柔道部は、年に1度行われる七帝戦で最下位という結果が続いて低迷しており、そのプレッシャーはより重いものになります。
延々と続く苦しい練習に耐えながら四苦八苦する毎日は出口の見えない迷路のようなものであり、そうした場面は読者としても苦しい気分になってゆくほどです。
一方で大学で資格の勉強をしたり、一流企業へ就職するために勉学へ勤しんだり、または起業するために人脈つくりに勤しむ学生とは正反対の、つまり損得勘定を超えて七帝柔道という競技に青春のすべてを捧げている主人公たちが輝いて見えるのも事実です。
また私自身が若者だけが持つことのできる無鉄砲なパワーがより輝いて見える年齢になってきているという要因もあるかも知れません。
ちなみに私の好きなTV番組の1つに夏の間だけ放映される「熱闘甲子園」という番組があるのですが、これは甲子園の試合結果を伝えると同時に青春ドキュメンタリーという側面があります。
この番組が好きな人であれば、本作品を夢中で読むことができるのではないかと思います。
山本元帥!阿川大尉が参りました
連合艦隊司令長官・山本五十六についての書籍は数多く出版されていますが、伝記において決定版ともいうべき作品が1965年(昭和40年)に発表された阿川弘之氏による「山本五十六」であり、過去に本ブログでも紹介しています。
本書はその「山本五十六」を発表した翌年に単身海を渡り、山本元帥の戦没地、つまり彼が搭乗していた戦闘機の墜落地点を探索するための旅の様子が旅エッセイのように紹介されています。
その場所とはソロモン諸島にあるブーゲンビル島のジャングルの奥地にあり、日本からはオーストラリア、ニューブリテン島と飛行機を4~5回乗り継ぎ、さらには船を使わなければ到達できない場所にあります。
今から60年前ということもあり、現地は電気や水道といったインフラも充分に整備されていない状態でした。
その旅の過程で起きるさまざまなトラブルが描かれていたり、、また当時は戦後20年ほどしか経過していなこともあり、現地の住民たちが幾つもの軍歌を歌い著者を驚かせたというエピソードが紹介されています。
もし阿川氏が目的地に辿り着くことができれば、戦後はじめて山本五十六の戦没地を訪ねた日本人ということになりますが、その結果は本書を読んでのお楽しみにしておきます。
本書の後半では旅エッセイのような雰囲気から一転して、キスカ島撤退作戦の模様を描いた「私記キスカ撤退」が掲載されています。
このキスカ島撤退作戦はあまり知られていませんが、その西側にある日本軍守備隊が全滅(玉砕)したアッツ島の戦いを知っている人は多いと思います。
このアッツ島に駐留する部隊が全滅したあとも、すぐ近くのキスカ島には日本軍兵士5000千人以上が孤立無援状態で駐留し続けていました。
この作戦は旧日本軍にとって戦略的価値を失ったキスカ島から兵士たちを無傷で撤退させることを目的に遂行され、のちに「奇跡の作戦」とも呼ばれるようになりました。
キスカ島はアメリカのアラスカ州に属する今現在も無人の過酷な気象条件の島であり、圧倒的な戦力差、不足する燃料という不利な条件の中で苦悩しながらも作戦を遂行してゆく過程が細かく紹介されています。
ちなみにタイトルから分かる通り、阿川氏は海軍予備学生として戦中に入隊し、終戦を大尉(いわゆるポツダム大尉)で迎えています。
その様子は自身の著書「春の城」で詳しく描かれおり、こちらも私小説における名作の1つとしてお薦めできる1冊です。
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