先の先を読め
著者の樋口武男氏は、かつて大和ハウス工業の社長を務めた経営者です。
大和ハウスの「中興の祖」と言われた人物で、何冊かのビジネス書も執筆してます。
ただし本書は著者自身の経営哲学を語った本ではなく、副題に"複眼経営者「石橋信夫」という生き方"とある通り、ヤマトハウスの創業者で昭和の伝説的な経営者の1人である石橋信夫についてのエピソードが語られています。
週刊文春に約1年間連載したものを書籍化したものであり、1回あたり新書で4ページ弱の分量に石橋信夫のエピソードがコンパクトにまとめられています。
著者は1938年生まれで、約30年間にわたり石橋氏から薫陶を受けてきたと言います。
著者にとって石橋信夫という存在は、単に仕事上の上司や先輩といった範囲に留まらず、人生そのものの師であったと語っています。
石橋信夫は1921年(大正10年)に生まれていますが、本書で紹介されている創業までの経歴をかいつまんで説明すると次のようなものになります。
- 戦中は満州で少尉として対戦車速射砲隊を指揮する
- 1トンもの重量がある砲が直撃し脊髄損傷の大ケガを負う
- 戦争が終わりシベリアに抑留され、帰国したのは1948年(昭和23年)
- 戦後復興で木材が不足し、鉄パイプで家を建てる「パイプハウス」の普及を思いつき大和ハウスを創業する
そして現在の大和ハウスグループは、5兆4,348億円(2025年3月期連結決算)もの売上を誇り、国内ハウスメーカーとして首位に君臨している企業です。
今でこそ戦争を経験している経営者は皆無となってしまいましたが、創業当時の石橋は夜行列車をホテル代わりに、駅のベンチをベッド代わりにして22日間連続で旅回りの営業を続けたことがあるそうです。
政府が主導している「働き方改革」の基準から見れば完全に逸脱していますが、起業家として後世へ残る会社を興したいという人にとってハードワークは今も昔も必要な要素なのかも知れません。
著者自身も昭和のモーレツ社員を経験したはずの世代ですが、その本人か石橋氏を「鬼神のようなエネルギー」を持った人だったと評しています。
したがって本書はビジネス書ではあるものの、必然的にスマートな仕事術や時間術、最新の経営マネジメントとは縁遠い内容になっています。
一方で本書を時代遅れのビジネス書として無視してしまうのはもったない内容で、今の時代にも充分通用するような要素も多く含まています。
詳しい内容は本書を手にとってもらうとして、個人的に気になった記事のタイトルだけでも挙げてみたいと思います。
- カンが先で理論は後
- スピードこそ最大のサービスだ
- アイデアは金では売るな
- 商品は3年後には墓場へやれ
- 矛盾があってこそ、会社は発展する
- どの指を切っても、血が出る
- 時流に棹さすなかれ
経営においてスピードが大切である点、つねに変化してゆくことの重要性、経営者の人間力が及ぼす影響力など今でも通じる内容だと思いますが、本補では具体的なエピソードや経験が語られているだけに説得力があります。
本書を読んで「戦争で何度も危機をくぐり抜けてきた世代は肚の据わり方が違う。自分にはとても真似できない」という感想を抱く人がいるかも知れませんが、よく読んでゆくと、一貫して合理的で綿密な計算や行動が会社を大きく成長させたことがよく分かるはずです。
ふぉん・しいほるとの娘(下)
吉村昭氏の代表的な長編小説である「ふぉん・しいほるとの娘」下巻のレビューです。
本作品の主人公は、名医と言われながらも日本から国外追放となったシーボルト、そして彼に見初められた丸山遊廓の遊女であったお滝との間に生まれたお稲(後年の楠本イネ)です。
物語は主人公の目線で描かれる場面と、幕末を取り巻く日本の状況を俯瞰的に描く場面とに分かれており、そこからは激動の時代に翻弄されながらも懸命に生き抜こうとする1人の女性の姿が鮮やかに浮かび上がってきます。
混血児として生まれたお稲は、日本における女性初の蘭方医(西洋医師)を目指すため13歳で親元の長崎を離れて、宇和島で医師としての修行を始めます。
彼女はシーボルトの弟子であった二宮敬作の元で学びます。
時折、酒乱の傾向はあるものの敬作はお稲にとってよき師匠であり、同時期に宇和島藩に招聘されていた村田蔵六(のちの大村益次郎)からも学問を学びます。
やがて敬作の勧めにより同じくシーボルトの弟子であった石井宗謙の元でも学ぶことを勧められます。
宗謙は産科を得意としており、お稲の目指す産科医にもっとも合致した人物であったからです。
1度長崎へ帰郷してから宗謙の住む岡山へ向かい修行を開始しますが、そこで悲劇が起こります。
それは先生であるはずの宗謙により強姦されるという形で子どもを身ごもってしまうのです。
女子を出産しながらも長崎で失意の底に沈んでいたお稲でしたが、周囲の励ましもあり彼女は改めて医師になることを目指すようになります。
彼女が遠回りをしながらも医師としての未来を着実に歩き始めた頃、幕末の混乱はますます大きくなり、ついに幕府は200年以上続いた日本の鎖国政策を廃止することを決定します。
そしてこの決定が1度は国へ外追放されたシーボルトとの30年ぶりの再会を実現することになります。
再会した実父からの紹介で来日していた医師・ポンペの元でも医学を学ぶことになり、彼女は産科医として確固たる実力を備えていきます。
とはいえ時代の流れはますます激しくなり、やがて幕府が倒れ、新しい明治時代が到来することになります。
かつては混血児として奇異な目を向けられていたお稲でしたが、彼女のひたむきな生き方、そしてシーボルトの娘という血統がプラスに働くようになり、伊達宗城、福沢諭吉らの援助もあり、東京へ転居したお稲はそこで評判の産科医として忙しい日々を過ごすことになります。
お稲は明治36年に76歳で亡くなっていますが、時代を先駆けることの苦難、そしてのちには時代に取り残されてゆく寂しさが、激動の時代を背景に余すことなく描かれており、1人の女性の生涯がそのまま壮大な歴史物語にもなっています。
吉村昭氏にとって比較的初期の作品でありながらも、物語の着眼点や構想、そして綿密な描写など作家としての実力が充分に発揮されている作品です。
ふぉん・しいほるとの娘(上)
1823年、長崎の出島にオランダ籍の帆船が到着するところから物語が始まります。
この船には名医として名高いフォン・シーボルトが乗船しており、彼が日本の地を踏んだ時から壮大な物語が始まります。
長崎の丸山遊廓には、こうしたオランダ人たちを専門で相手をする"オランダ行き"と呼ばれる遊女たちがいました。
その1人である其扇(そのおおぎ)がシーボルトに見初められ、やがて1人の女子を出産することになり、彼女がタイトルにある主人公・お稲(楠本イネ)になります。
本書の前半部分はお稲が誕生するまでのいきさつ、つまり来日したシーボルトの活動やその周辺で起きたことを中心に物語が進行します。
シーボルトが名医であるという噂はまたたく間に広がり、蘭方医たちはこぞって彼の元へ教えを請いに訪れます。
そして彼らはシーボルトの診断と治療法、そして最新の医療器具を実際に見て感嘆します。
さらにシーボルトは動物学、植物学、地理にも通じており、27歳にして多くの生徒たちを抱えることになります。
来日した翌年には当時の外国人としては前例のない、出島の外に鳴滝塾という診療所を兼ねた私塾を構えることが許されます。
シーボルトが名医として長崎で多くの弟子を育てることだけに専念していれば、日本に貢献した恩人として後世へ伝わったでしょうが、彼にはオランダ政府から日本の国情を探るという密命を受けていました。つまり現代ではスパイということになります。
もちろん当時の鎖国政策によって未知の国であった日本への学者としての好奇心もありましたが、彼は一介の医者として生涯を終えるつもりはなく、熱心に時には生徒たちを巧みに使って情報収集に励みます。
彼の膨大な収集品の中には伊能忠敬の日本地図、江戸城本丸の図面、樺太測量図といった国防上の機密情報も含まれていたのです。
家庭の中では其扇(お滝)やお稲を溺愛する優しい父親としての一面があり、この裏表の顔が悲劇を招くことになるのです。
それがシーボルト事件であり、彼の収集した地図などが幕府に露見し、多くの関係者や蘭方医たちが処罰され、シーボルト自身も国外追放となります。
母娘(お滝・お稲)から見れば突然取り残された形となりますが、シーボルトは去り際に2人へ充分な資金を渡し、弟子たちへも2人をくれぐれも頼むと言い残します。
やがてお滝は俵屋時治郎と再婚し、母娘に平穏な時が訪れます。
外国との交易が盛んだった長崎では、西洋文化への理解が深く、またオランダ人との混血児も珍しくなかったといいますが、町から1歩外に出れば奇異の目で見られる時代でもありました。
成長するに従い、お稲も周囲の目や態度に気付くようになり、さらには再婚した母親が男児を出産してからは、より一層複雑な想いを抱くようになります。
物心つく前に父親と生き別れになったお稲でしたが、成長するに従い実父の意志を受け継いで自らも学問を身に付けて医者になることを志すようになります。
当時は女性の蘭方医はおろか女医自体が皆無の時代でしたが、義父の援助と理解もありかつてシーボルト弟子であった二宮敬作の住む宇和島へとわずか13歳で赴くことになるのです。
当時、交易を許可されていた清とオランダ以外の外国船が日本へ出没するようになり、激動の幕末が始まろうとする時代の中で1人の娘がたくましく生き抜いてゆこうという姿に圧倒されます。
上下巻で1200ページにも及ぶ吉村昭氏の作品の中でも1、2を争う長編作品であり、吉川英治文学賞を受賞した代表作でもあります。
そのまま大河ドラマになるような大きなスケールを持った作品であり、じっくりと腰を据えて読むことをお勧めしたい1冊です。
ひとりを愛し続ける本
軽快なユーモアでエッセイを綴ってゆく狐狸庵山人としてではなく、遠藤周作名義で書かれたエッセイ集です。
遠藤周作氏の晩年のエッセイは自らの境遇に重ね合わせた"老い"や"死"、"医療問題"など重いテーマを扱ったものが多いですが、本書は著者が還暦あたりに執筆した1冊であり、一言でそのテーマを表せば"愛"ということになります。
たとえば本書では離婚を取り扱っていますが、夫婦間の愛情だけを問題にするよりも、離婚によって心が傷付いてしまう子どもの心情も考えて欲しいと提言しています。
ほかにもエッセイの中では以下のような話題を取り上げています。
- 男と女の嫉妬心の原因とその対策
- 女の怖ろしさ、そして人間誰もが心の奥底に持つ残忍さについての考察
- 不倫を含めた恋愛と結婚の違いについての考察
- 男と女の道徳観の違い
- 著者が尊敬する女友だちのこと
続いて本書の後半に入ってゆくと、自らの半生を振り返るようなエッセイへと変わってゆきます。
軽井沢にある別荘で1人庭をじっっと見つめていると、多くの友人が集まって楽しい夜を過ごした思い出、子どもたと花火をしたりお化けごっこをして走り回った姿などが眼に浮かんでくる一方で、自分が老境へと差し掛かり、長かった今日までの過去にどういった意味があったのかを噛みしめるといいます。
そして人生の本当の意味を若い時から分かっていたとしたら、人生は生きていてもつまらないものになるとも語っています。
つまり人生の意味というもは、定年を迎えて仕事を引退し、子どもが無事に独立して家から巣立っていったときに始めて分かり始めてくるものなのかも知れません。
ただ本作品が発表されてから約40年が経過し、現在は定年が延長されたこともあり生涯現役を目指す人が増えてきたこと、晩婚や独身が珍しくないことを考えると、人生を振り返るタイミングは人によって違ってくる時代であるともいえます。
私自身も今のところ定年を迎えてから悠々自適の隠居生活を送れるようなイメージはまったく沸いてこないのが正直なところです。
もし遠藤周作氏が現在を生きていたら、ここに書かれたエッセイがどのような内容へと変わったのかは気になります。
いずれにしても、その目線はやさしいものであり、不安を抱えて生きる現代人たちへエールを送ってくれる内容であることは間違いないと思います。
新・空き家問題
著者の牧野知弘氏は長年にわたり不動産業界に携わり、現在は不動産事業プロデュースを手がけるオラガ総研の代表を務めています。
私が現在住む街は首都圏に位置することもあり、それほど空き家は見かけません。
一方で車で地方へ出かけたとき、とくに中山間地域では空き家を見かける機会がかなり増えました。
たまたま訪れた私でも空き家だと判断できるのは、家屋がかなり傷んでいる状態であったり、庭が荒れ放題になったりしている場合であり、手入れされている場合は空き家であると判断できません。
一方で都心へ目を向けると、1部屋1億円超えのタワーマンションが飛ぶように売れていると聞き、全国的に空き家問題が報じられる中で不動産投資が加熱しているという不思議な現象が起きています。
本書では空き家問題の基本的な知識、そして空き家が引き起こす問題、さらには空き家を生み出さないためのアドバイス、視点を広げて国や自治体の空き家問題への取り組みやその評価を幅広く行っています。
まず2024年時点で日本全国に空き家は900万戸あるといわれています。
とてつもない数字ですが、この数字には賃貸物件の空室、別荘なども含まれているため、実際には全体の約40%である385万戸が放置状態にある個人住宅空き家だそうです。
それでも大きな数字には違いなく、たとえば東京では"空き家率"は低いものの、母数となる住宅の数が大きいため"空き家数"で見ると圧倒的に全国ワースト1位になります。
23区内の世田谷区では2万3千戸もの個人住宅空き家が存在するという数字には驚きを感じました。
また空き家の半分以上はマンション空き住戸であり、外見からはまったく分からない場所にも空き家が多く存在することが分かります。
何かと問題になる空き家ですが、人口減が始まっている日本では空き家を賃貸にしたり、そもそも売却することが困難(老朽化した家屋の解体費が土地代を上回る)であることが多いようです。
著者は1つの選択肢として相続土地国庫帰属制度を利用するアドバイスもしています。
たしかに活用する予定もなく、売ることもできない土地の税金を払い続けるよりは、現実的な選択肢であるといえます。
ただしこうした対処ができるのは、相続人が存在する場合であり、そもそもおひとりさま世帯で相続人がいない場合は問題はもっと深刻になります。
これに対しても著者は遺贈をおすすめしています。
生前のうちからお世話になった人や団体や学校など有効利用してくれそうな相手へ遺贈する旨を遺言状へ記載しておくというもので、法定相続人がいない場合は(分与で揉めないため)かえってスムーズに進むとアドバイスしています。
また著者は2030年以降に空き家が加速度的に増えてくると警告しています。
統計的に(すでに配偶者を亡くした)高齢者単独世帯主が寿命を迎え、都心であっても次々と空き家が生み出される状況になるというものです。
しかも相続人が1人息子(娘)であった場合、都心であればあるほど高い相続税の支払いが出来ないため、それらが中古住宅として市場に出回るというもので、かなり説得力があります。
著者はこうした現象がタワーマンションを中心とした不動産投資ブームを終わらせると予測しています。
つまり大量の不動産が市場に出回り始めることで、価格が手頃になり、住宅の購入が35年ローンによる一世一代の買い物ではない時代が来るといいます。
本書の副題に"2030年に向けての大変化"とあり、著者が本書でもっとも伝えたかったことはまさしくここにあると思います。
私自身は分譲マンションに住んでいますが、これから住人の高齢化や修繕費の値上がりがあることは確実であり、将来この住まいが空き家にならないよう色々考えさせてくれる1冊になりました。
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