青春を山に賭けて
1970年に日本人としてはじめてエベレスト登頂を果たすと同時に、世界ではじめて五大陸最高峰の制覇を果たした植村直己氏がその翌年に出版した本です。
ちなみに五大陸最高峰と植村氏が登頂した時期は以下の通りです。
- モンブラン(ヨーロッパ大陸 / 4,810m / 1966年7月)
- キリマンジャロ(アフリカ大陸 / 5,895m / 1966年10月)
- アコンカグア(南アメリカ大陸 / 6,961m / 1968年2月)
- エベレスト(アジア大陸 / 8,848m / 1970年5月)
- マッキンリー(北アメリカ大陸 / 6,190m / 1970年8月)※現在の呼称はデナリ
ちなみにエベレスト以外はすべて単独登頂で達成していますが、彼は決して人間嫌いだった訳ではなく、自身(広い定義でいえば人間)の可能性へ挑戦したいといった考えがあったようです。
さらに本書ではアコンカグアに登頂したあとに60日間かけてアマゾン川を上流から河口までイカダで下るという冒険、さらにはアルプス最難関といわれるグランド・ジョラス北壁登攀の様子も紹介されています。
彼が活躍するフィールドは登山だけに留まらず、のちに犬ぞりで北極圏を冒険にも挑戦しています。
本書では一通りこうした冒険の過程が描かれていますが、さすがに1冊の本ですべての冒険を克明かつ詳細に書くには無理があり、エベレスト挑戦だけにテーマを絞った「エベレストを越えて」といった著書があったりします。
本書を読んで印象に残るのは個別の冒険譚というよりは、著者自身が語る自らの半生です。
植村氏は明治大学の山岳部に入りますが、それまで登山経験が殆どない初心者だったといい、合宿があまりに厳しくて辞めることも考えたといいます。
しかし生来の負けず嫌いだった植村氏は誰よりも熱心にトレーニングに励み、大学生時代に年間120~130日間は山に入っていたといいます。
そして大学卒業後は就職もせず、アルバイトで溜めたわずかな資金だけを頼りに単身アメリカへ渡ることになります。
アメリカの農園ではメキシコ人たちに混ざって資金稼ぎをしていたところを移民官に見つかり強制送還されそうになり、次にアルプス山麓にあるフランスのモルジンヌのスキー場で3年以上に渡り働き、この町を生活拠点にしがらモンブラン、キリマンジャロの登頂を果たします。
外国語を話せない、知り合いもいない、お金もないといった条件の中で躊躇せずとにかく前のめりに挑戦してゆく姿は冒険だけに留まらず、世界中を1人で渡り歩く上で欠かせないスキルだということがよく分かり、本書を通じて一番印象に残りました。
深重の海
いつの間にか本ブログでは津本陽氏の著書を40册以上紹介していることになります。
本書は第79回直木賞受賞作であると同時に津本氏が作家として世間に知られるきっかけとなった作品です。
津本氏といえば剣豪小説や歴史小説の名手として知られていますが、本作品はそのいずれにも属しません。
舞台は紀伊半島南東部にある太地湾(現・和歌山県太地町)であり、かつて日本における捕鯨文化の中心地として栄えた地域です。
そこで17世紀から続く伝統的な古式捕鯨が時代の激流に呑み込まれて衰退してゆく過程を描いた作品です。
作品を読めば分かるため詳細は割愛しますが、古式捕鯨とは網や銛を用い、さらには灯台からクジラの動きを見張る人たちを含めると数百人にも及ぶ規模で行われる捕鯨方式のことです。
クジラは肉や脂、さらには骨やヒゲ、皮に至るまで余すところなく利用できる資源であり、江戸時代には「一頭で七郷が潤う」と言われるほどの一大産業でした。
実際に代々鯨方棟梁を務めてきた和田家は、井原西鶴の「日本永代蔵」において日本十大分限者(日本の富豪TOP10)の1人として鴻池家や紀伊国屋と並んで紹介されるほどの繁栄を誇っていました。
一方で古式捕鯨に用いられる勢子舟や網船は小さな木造船であり、暴れるクジラによって、さらには海の難所として知られている熊野灘によって多くの命が失われてきた危険な漁場でもあったのです。
本作品の山場であり、古式捕鯨を一気に衰退させるきっかけとなったのが明治11年に発生した大背美流れです。
これは不漁が続き、年越しの支度金も無いほどの困窮に陥った漁師たちが熊野灘に現れた巨大なセミクジラを危険を承知で深追いした結果、100人以上の漁師が犠牲になった海難事故を指します。
本作品ではその一部始終がこと細かく描かれており、ドキュメンタリー映画のような緊張感があります。
そもそも不漁となったのはアメリカを中心とした蒸気船や爆薬付の捕鯨砲を用いた近代捕鯨によるクジラの乱獲が原因であり、古式捕鯨とは桁違いの効率性を備えていました。
多くの仲間を失い困窮する漁師たちは、それでも古式捕鯨を再興させるために資金集めなどに奔走します。
本作品はこうした経緯を代々続く漁師である弥大夫、孫才次親子の視点から描いいますが、大きな時代の流れによって1つの文化が滅んでゆく生々しさと哀しさを感じさせると同時に、著者の出身地である和歌山県を舞台にしている郷土愛も感じられます。
ちなみに同じ熊野太地の捕鯨を扱った作品に吉村昭氏の「鯨の絵巻」があり、併せて読むことでより奥行きを持った歴史を知ることができます。
風流武辺
津本陽氏による歴史小説です。
本作品の主人公は戦国武将、そして茶人として活躍した上田重安(宗箇)です。
重安ははじめ織田信長の家老である丹羽長秀の家臣として戦場で頭角を表してゆきます。
ちなみに丹羽長秀といえば柴田勝家と双璧をなす宿老でありながらも、すこし存在感が薄い印象を受けます。
それは本能寺の変で信長が斃れたあと、秀吉と徹底抗戦して滅んだ勝家と違い、かつては自分より席次の低かった秀吉の支配を受け入れたことに要因があるように思わます。
それはともかく、信長存命時の長秀は重要な作戦を任せられることが多く、各地を転戦することになります。
当然のように重安も多くの戦場を駆け回ることになり、信長へ対して謀反を起こした荒木村重の籠る有岡城への城攻め、本願寺攻め(石山合戦)などで戦功を重ねてゆきます。
やがて秀吉の時代が訪れると柴田勝家との合戦、家康との小牧・長久手の戦い、さらには島津氏の九州征伐や北条氏の小田原征伐など、数々の戦場を経験してゆきます。
ちなみに長秀が病死すると丹羽家は減封されてしまい、重安は秀吉の直参として召し抱えられます。
一方で戦場で多くの敵味方の"死"を目にし、自らも多くの命を奪ってきた歴戦の強者である重安には、この世は長く生きるに値しない厭世的な気分に陥ることが多くなってゆきます。
明日の命も知れぬ乱世において多くの戦場を経験してきた武将の中には、今さえよければそれでいいと刹那的に生きる人間も少なくありませんでした。
重安はそうした粗暴な振る舞いを好む性格ではなく、心の空虚を埋める手段を"風流"の中に見出します。
それは千利休、古田織部といった茶人に弟子入りしたのがきっかけであり、のちに自らも茶道の流派(上田宗箇流)を開くまでになります。
ちなみに重安は関ヶ原の戦いでは西軍に味方したため所領を没収されて浪人となりますが、彼の武勇・文化人としての名声を慕ってはじめは蜂須賀家、のちに浅野家に高禄で召し抱えられることになり、大阪夏の陣では戦功を立てて家康・秀忠からも高く評価されます。
もしも重安が武力だけの武将であったとしたら、彼を歴史小説の主人公として取り上げることは無かったはずです。
決して一般的な知名度は高くないにも関わらず戦国時代を駆け抜けた1人の武将の物語として魅力的な作品に仕上がっています。
孤独な噴水
吉村昭氏によるボクシングをテーマにした長編小説です。
吉村ファンであれば彼がかつて熱心なボクシングファンだったことはよく知られていますが、本作品は1995年に文庫化されたものの、実際はその31年前(1964年)に発表済みの彼にとってはじめての長編小説になります。
著者はあとがきで作品の文庫化にあたり、強いためらいがあったと告白しています。
それは1995年時点で読み返してみると文章にある種の衒気(げんき)があり、気恥ずかしさを感じるからだとその理由を語っています。
ちなみに衒気とは自分の才能を見せびらかす虚栄心のような意味合いです。
実際に読んでみて、著者自身が背伸びをして執筆したという印象は受けませんでしたが、後に発表される数々の作品と比べて明らかに作風が異なるのはすぐに分かりました。
吉村昭といえば情景を淡々とかつ精密に描写してゆく作風でお馴染みですが、本作品はストーリーそのものを丁寧に補足するための心理描写や登場人物のセリフが多く、どちかと言えば吉村氏らしさのない一般的な小説という印象を受けました。
それでも小説化にあたっての着目点については共通する部分があると感じました。
ストーリーは問題を抱える家庭に育ち、人生の目標もなく玩具工場で働く毎日を送っているところに東京の下町でたまたま見つけたボクシングジムへ主人公が入会するところから始まります。
そこが弱小ジムということもあり、私自身は完全に「あしたのジョー」に登場する"丹下ジム"を想像しながら読んでしまいました。
一方でストーリー自体はマンガのように劇的な内容ではなく、登場するジムの会長やトレーナー、先輩や練習仲間たちの描写にはリアリティを感じる描写になっています。
つまり主人公がのちに世界チャンピオンへと上り詰めるような華々しいストーリーではなく、どこにでもいそうなボクサーを主人公にしている点に著者らしさを感じるのです。
著者は本作品を書き上げるために何軒ものジムを訪れて試合にも足繁く通ったといいますが、だからこそ描くことのできる生々しさが作品全体から漂ってきます。
恵まれない家庭環境にある主人公には常に孤独と影がつきまとい、それが新たな闇を呼び寄せる結果になりながらも、その中で必死に自分自身の青春を追い求める姿には痛々しさを感じます。
ちなみに本作品発表当時の著者はまだ専業作家として生活できる状況ではなく、毎日の会社勤めをしながらの執筆だったといいます。
そう考えると作品中で描かれている主人公の心理は、当時の著者自身が抱えていた心理を間接的に幾らかでも反映したものであるのかも知れません。
メディアの興亡 下
ノンフィクション作家・杉山隆男氏が大手新聞社(読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、日本経済新聞)の昭和史をダイナミックに描いた作品です。
作品中で各新聞社の歴史を辿りながらも中心となるストーリーは、業界の中でいち早く紙面を従来の活字ではなくコンピューターで製作することを目指した日本経済新聞、そしてそのライバルであり、盟友でもあった朝日新聞、さらにはこの2社のシステム開発を請け負った米国IBM社です。
まずコンピューター化といっても日本の紙面作りは複雑かつ独自であり、それを門外漢であるIBM社が理解するところが最初の困難になります。
とくにIBM社の技術者はアメリカ人が中心だったため、日本人ですら理解が難しい新聞の紙面作りの考え方を正確に伝えて理解してもらうためには気の遠くなるようなプロセスが必要でした。
一方でアメリカ側の技術者が日本語を理解出来ないが故に、ブレイクスルー(突破口)が開きます。
それは文字を模様(記号)として捉え、指定した座標枠に自由に配置できる仕組みを作るという考え方であり、それは漢字を見ただけで無意識に意味を連想してしまう日本人にはなかなか生まれなかった発想でもありました。
ちなみにこのシステムを担当したのは、NASAを担当して人類初の月面着陸に際して彼らが地球に帰還するための精密な軌道計算のシステムを作った当時の最高のエンジニアたちでした。
実は日本経済新聞が目指した紙面作りのコンピューター化は世界初の試みでもあり、当時から多国籍企業であったIBM社にとって世界的なマーケットを見据えることのできる魅力的なプロジェクトだったのです。
また技術的な困難があると同時に、コンピュータを使った紙面作りのシステム開発には膨大な費用がかかります。
決して余裕のある財務状況になかった新聞社がこのプロジェクトを進めるためには、経営者としての先見性、そして社員たちを牽引するための手腕が技術力と同じくらい重要でした。
本プロジェクト実現のために数々の困難に立ち向かう場面描写は、NHKの「プロジェクトX」を見ているようであり、本当にギリギリのところで実現したことが分かります。
そしてこのストーリーと並行するようにして描かれているのが、毎日新聞社が大手新聞社の中から少しずつ没落してゆく過程です。
借金がどんどん膨らんでゆく中で新社屋の建設や子会社への資金援助、さらにはかつての幹部役員たちの私腹を肥やすかのような資金用途が明らかになり、危機感をつのらせた社員や経営者が会社を立て直そうにも複雑な社内の権力闘争によりなかなか進まない過程が描かれています。
こちらはテレ東の「ガイアの夜明け」のような雰囲気があります。
さらに主要な登場人物についても丁寧にその経歴を掘り下げてゆき、それがサイドストーリーのように展開されてゆく構成は多少複雑ではあるものの、上下巻800ページにも及ぶ分量になるのも納得の内容であり、1人の作家が丹精を込めて作り上げた作品であることを実感しながら読み進めました。
私自身は該当しませんが、マスコミ業界で働いている人、これから就職を目指している人であれば必読の作品ではないでしょうか。
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