本と戯れる日々


レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

夏への扉


SF界の長老と呼ばれたロバート・A・ハインライン氏の作品です。

本作品は氏の代表作の1つであり、とくに日本では人気の高かった作品のようです。

人気の理由を考えると、恋人と友人に裏切られ、自らが創業した会社を追い出された主人公のダニエル・ブーン・デイヴィス(通称:ダニイ)が幾度のピンチを切り抜けて人生の底から這い上がってゆくというストーリーが日本人好みだったのではないでしょうか。

本作品が発表されたのは1956年ですが、作品の初めの舞台となるのは1970年です。

主人公のダニイは生粋の技術者であり、文化女中器(ハイヤードガール)と呼ばれる自動掃除機を発明し、やがてそれを主力製品にして友人のマイルズと同名の会社を立ち上げます。

その機能は以下にように述べられています。
文化女中器は1日24時間、静かに汚れを求めてあるく。 曲がり角であろうとどこだろうと、塵ひとつ見落とさず、すでにきれいになっている床は素通りして、一刻も休まず汚れた床を求めてまわるのだ。

まるで2002年に発売されたロボット掃除機のルンバにそっくりであり、のちに彼は製図家ダンという自動で製図を行う家電を設計し、これものちのCADそのものです。

この2つとも作品が発表された1956年(昭和31年)時点ではもちろん姿形もないものであり、SF作家としてのハインラインの想像力と洞察力に驚かされます。

またこの作品のストーリーで重要となるのが、主人公が未来と過去を行き来するという点です。

1970年では冷凍睡眠(コールドスリープ)の技術が確立されているという設定であり、これによりダニイは30年間眠り続け、2000年に覚醒します。

さらに2000年時点では不完全ながらタイムマシーンが完成しており、これによって再び過去へと遡ることになります。

つまりSF小説では王道のタイムトラベルであり、そこに完成度の高いストーリーを組み合わせた作品であるといえます。

作品中ではいきなり30年後の世界で目覚めた主人公が、そこでのテクノロジーや仕組みの変化に戸惑う場面が描かれています。

それでも主人公は保守的な懐古主義の精神の持ち主ではなく、根っからの技術者であることから分かる通り、短時間で新しい社会に順応できる柔軟性を持っていました。

もう1つ物語のアクセントとして登場するのが主人公の愛猫ピートです。

このピートについては読んでのお楽しみにしたいと思いますが、本書の献辞に「世のなべての猫好きにこの本を捧げる」とある通り、猫好きにとっても楽しめる作品になっています。

家康と七人の忍び


佐藤賢一氏による徳川家康の「伊賀越え」を舞台にした歴史小説です。

よく家康は生涯に3度の危機を経験したと言われています。

1つ目は若き頃に経験した「三河一向一揆」であり、このときは家臣団までもが家康側と一向衆側に分かれて血肉の争いを繰り広げました。
こちらは以前に本ブログでも紹介した宮城谷昌光氏の「新三河物語」でその舞台が詳細に描かれています。

2つ目は西上作戦を起こした武田信玄を阻止すべく両者が激突した「三方ヶ原の戦い」であり、ここで生涯で唯一といえる野戦における大敗を経験しました。

そして3つ目が本作品で描かれる「伊賀越え」です。

織田信長から安土城へ招かれた家康はそこで饗応を受け、その後信長は家康へ京都や境の見物を進められ、自身は西国へ出陣準備をするために京都に入りました。

そこで明智光秀による反乱、いわゆる本能寺の変が起き、信長が本能寺で散った後、僅かな供回りを従えて本国三河へ脱出する過程が「伊賀越え」と言われます。

ただし本作品は家康の目線からではなく、彼を無事に三河へ送り届けるために影で活躍したであろう忍び(忍者)たちの目線から描かれています。

伊賀越えの詳しいルートやその詳しい経過は分かっていませんが、それだけに歴史小説作家として自由に創作できる余地が残されている題材だと言えます。

忍びたちの頭目は服部平太夫正尚(はっとりへいだゆうまさなお)であり、彼はのちに江戸幕府の第2代将軍となる秀忠の生母である於愛の方の養父として知られています。

彼の元には6人の個性豊かな下人を従えており、自身を含めて7人が本書のタイトルになっています。

敵と真正面から渡り合うことは得意な武士ですが、情報収集や隠密行動といった現代でいうスパイ活動には不向きであり、戦国時代でその点は忍びたちの独壇場だったといえます。

ただし最短ルートで堺から三河に脱出するためには伊勢から乗船する必要があり、その道程には忍びたちの本拠地である伊賀を通過する必要があり、必然的に敵も同じ忍びということになります。

忍びの世界には武士や剣豪たちとは異なる彼ら独自の価値観があり、たとえば彼らにとって不意打ちや毒殺といった手段は決して卑怯なものではありません。

一方で共通した部分もあり、それは下忍にとって上忍の命令は絶対である点で、武士と同じように忠義が重んじられていました。

本作品に登場する下忍たちは個性豊かで、特技が変装であったり水練であったり、俊足だったりとエンターテイメント性に溢れています。

こうしたジャンルが存在するか分かりませんが、"時代スパイ小説"として楽しませてくれた1冊でした。

死のある風景


吉村昭氏の短編私小説が10作品収められている1冊です。

  • 金魚
  • 煤煙
  • 初富士
  • 早春
  • 秋の声
  • 標本
  • 油蝉
  • 緑雨
  • 白い壁
  • 屋形船

    • 著者は2006年に79歳で亡くなっていますが、本書に収録されている作品は50代後半から60代初めにかけて発表されたもので、この頃から"をテーマに扱った短編やエッセイが多くなってゆきます。

      本書については編集者から収録されている作品が「死に関する短編ばかり」と指摘されて初めて気付き、不思議な思いがしたと記しています。

      つまりこの時期は半ば無意識に"死"をテーマに選んでいたということになりますが、著者にとって"死"は幼い頃から身近なものだったようです。

      それは九男一女の大家族で育ちながらも兄弟や祖母、両親の死を間近に見てきて、さらに20代前半には自身が末期の結核患者となり、成功率が2割という胸郭形成手術から生還したという経験をしているからです。

      その手術も部分麻酔で助骨を6本もへし折って取り除くという激痛を伴う壮絶なものだったそうです。

      肉親の死だけでなく、自身も若い頃に大病で「自分は長くは生きれない」という経験をしたことは大きいと思います。

      つまり当時の著者は、思いのほか(運よく)長生きできているという気持ちと共に、老齢に差しかかり今度は寿命という""を漠然と意識し始め、こうした作品を執筆したといえるのではないでしょうか。

      著者は記録小説といわれるほど、綿密な取材と資料調査に基づいて作品を書くことで定評のある作家であり、エッセイや私小説以外では主観的な考えや感情を極力抑制しているという作風があります。

      またエッセイや私小説であっても、自らの宗教観や死生観といったものを表現することは殆どありません。

      それは当然のように本書に収められている作品にも言えることで、人間にとっての""という生理的現象を過大にも過小にも捉えず、ありのままに描いているという印象を受けます。

      それだけに扱っているテーマの割には作品から重々しい雰囲気は伝わってこず、まさしく表題にある「死のある風景」が相応しい1冊であるといえます。

      作品は肉親や知人の死を扱ったものもありますが、東京大空襲で目にした名も知れない大勢の死を扱った作品もあり、彼の描く死の風景にどのような感想を持つのかはすべて読者に委ねられているような気がします。

      また自身が老年となり再び本書を手にとることがあれば、きっと今とは違う感想を抱くのだろうと思える1冊でした。

死顔


吉村昭氏の5つの短編が収録されており、文庫本で約150ページというコンパクトなサイズにまとまっています。

  • ひとすじの煙
  • 二人
  • 山茶花
  • クレイスロック号遭難
  • 死顔

本書に収録されている作品はいずれも平成17年(2005年)から18年(2006年)にかけて発表された短編であり、吉村氏は平成18年7月31日に79歳で亡くなっていることもあり最晩年の作品ということになります。

この中でも注目すべきは生前最後の作品となった「死顔」になるでしょう。

またよく知られていることですが、吉村氏の妻である津本節子氏も吉村氏と同業の作家であり、本書のあとがきとして吉村氏の最後の様子を語っているという点も注目です。

「死顔」は私小説であり、入院している次兄を見舞い、それから幾日も経たぬうちに亡くなり、そして葬儀へ出席した日々を描いた作品です。

作品は吉村氏らしく淡々と当時の状況と自身の心情が綴らており、そこからは寂しさのようなものは感じられても大きな悲哀は感じられません。

それは亡くなった次兄が87歳という高齢であり、残された家族にも天寿を全うできたという気持ちがあり、当時の著者自身も70代となり切迫した気持ちにならなかったからではないでしょうか。

ちなみに吉村氏は九男一女の大家族で育ちますが、早逝や戦死した兄弟も多く、両親も10代の頃に相次いで亡くしていることから、若い頃から肉親の死を何度も身近に見てきた経験があります。

またこの作品を執筆する頃には、自身の死期をある程度悟っていたのかも知れません。

著者は癌で亡くなっていますが、比較的直前まで普通の生活を送っていたようです。

また用意周到な取材や資料調べをしてから作品を執筆し、締め切りを破ったことのない著者らしく、かなり前から遺書を克明に残していました。

その要点をまとめると、延命治療は望まないこと、自身の死は3日間伏せてその間に妻と長男長女一家の家族のみの家族葬を済ませること、弔花弔電は一切断ることなどが記されていました。

妻によると吉村氏は亡くなる前日の朝、衰弱状態にありながらもビールとコーヒーを僅かに口にして「ああ、うまい」と言い、その日の夜に自らの力で点滴の管を抜き、首の下にあるカテーテルも引き抜き、駆けつけた介護士の処置も拒否して未明に亡くなったそうです。

その場にいた妻と長女は泣いていたとあり、壮絶な最期を迎えたような印象もありますが、きっと吉村氏は自らの死期を悟って自分なりの自然な形で最期を迎えたのではないでしょうか。

最期に余談ですが、本書に収録されている「クレイスロック号遭難」は未発表作品として後に発見された作品です。

北海道近海におけるロシア船籍の遭難を扱ったもので、作家人生の後半を幕末から明治にかけての歴史小説を多く手掛けていた関係で最後まで精力的に活動していたことが伺えます。

著者がまだまだ健在であれば、次回大作のプロットのような位置付けの作品になったはずであり、その死が惜しまれます。

孟嘗君と戦国時代


日本を代表する歴史小説作家である宮城谷昌光氏が、孟嘗君を通じて春秋・戦国時代を読み解くという趣旨で執筆した、いわゆる歴史解説本です。

タイトルには"戦国時代"とありますが、実際には"春秋時代"にもしっかり言及されており、たとえば人気漫画「キングダム」などを通じて同時代に興味を持っている人にはうってつけの1冊です。

私がはじめて春秋・戦国時代に興味を持ったのは学生時代に読んだ海音寺潮五郎氏の「孫氏」が初めてでしたが、本書の著者である宮城谷氏の作品を次々と夢中に読み進めるうちにこの時代が大好きになりました。

大小さまざまな国が興っては消えてゆく戦乱の時代であったと同時に、孔子、老子、墨子など諸子百家といわれる思想文化が黄金期を迎え、さらに歴史には残る名宰相や名将軍たちが次々と登場する時代でもありました。

とはいえ周が衰えて春秋時代が始まり(西周の滅亡)、奏の統一によって戦国時代が終わるまでの期間は500年以上にも及び、その規模や期間においては日本の戦国時代とはスケールが違うだけに戸惑うこともあります。

そこで本書は取っ付きにくいと思われがちな春秋・戦国時代をより多くの人たちに興味を持ってもらうために執筆された1冊であるといえます。

それだけに決して難解な内容ではなく、本書で紹介されているエピソードはどれも読者の注目を引きやすいものばかりです。

加えてこの時代を分かりやすく理解するためのシンボル的な存在として、戦国時代に斉と魏という2つの大国で宰相を務めた孟嘗君を"戦国時代そのもの"として取り上げています。

ちなみに孟嘗君の活躍を詳細に知りたい人は、著者が「孟嘗君」というタイトルで長編小説を発表しているため、是非そちらを読んでみることをお勧めします。
(本ブログではまだ紹介していないため、いつか再読した際には記事にしたいと思います。)

私自身は過去に著者の作品を読んできた中で、本書に書かれているエピソードの大部分は重複している印象でしたが、改めて再確認するという意味で楽しく読むことができました。