本と戯れる日々


今まで紹介してきた本は900冊以上。
ジャンル問わず気の向くまま読書しています。

交渉術

交渉術 (文春文庫)

本ブログでも何度か紹介している元外務省官僚の佐藤優(さとう・まさる)氏による著書です。

本書は交渉の要点を記載していますが、体系的にノウハウを解説するものではありません。
著者が外務省の情報分析官として、具体的に経験したことを中心に書かれています。

交渉の本質は、お互いの利益(または不利益)を天秤にかけて行われるものです。
しかし人間同士が行うものである以上、その人格を無視して無機質に理論だけで成り立つものではありません。

簡単な例を挙げると、協力者へ対して見返り(賄賂)を渡すことで交渉を有利に進めることができますが、人間的な信頼関係が築かれていない場合、肝心な場面で裏切られる可能性があります。

一見"当たり前"ですが、国家間の交渉(つまり外交)はもっともレベルの高い複雑な交渉の場であり、こうした本質的な部分が非常に見えにくい状態になることがあります。

著者が直接関わったロシアとの外交を中心に書かれていますが、首脳レベルの交渉となれば、歴史的背景文化や思想の違い国民の支持側近や反対勢力の考え、そして首相自身の考えが複雑に絡み合った結果が相手の発言や要求として反映されることになります。

佐藤氏は外務省勤務時代に、ロシアから日本への北方領土(クリル諸島)返還を目的とした交渉に携わってきましたが、彼が関わった歴代の日本首相(橋本龍太郎小渕恵三森喜朗の3人)、そしてロシア側のエリツィンプーチンといった国家を背負うべき立場の人たちを間近に見てきた人物鑑定眼には驚かされます。

文庫本で500ページに及ぶ分量でありながら内容は濃密であり、このブログだけで本書の魅力を伝えるのは不十分ですが、政治や外交、そして本書の題名にもなっている交渉に興味のある方なら是非読んでもらいたい1冊です。

すでに佐藤氏の著書を読んでいる人にとっては、過去の著書で何度か登場した場面がありますが、あくまでも交渉を主眼においた視点で書かれているため、個人的には改めて新鮮な印象を持って読むことができました。

ちなみに文庫本には"おまけ"として、東日本大震災で著者が発信した国民や政治家に向けてのメッセージが収録されており、外交の一線で活躍した佐藤氏の危機管理の考え方がよく分かる内容となっています。

「へんな会社」のつくり方

「へんな会社」のつくり方 (NT2X)

人力検索はてな」、「はてなダイアリー」で有名な"株式会社はてな"の創業者である近藤淳也氏の著書です。

本書の内容の大半は、2005年7月から11月までにCNETで著者が執筆したブログを加筆修正したものなので、元々のブログ読者にとっては目新しい内容は殆どありません。

私自身が"はてな"を知ったのは今から6~7年前であり、著者のブログをタイムリーに読んでいた1人です。

そのブログをはじめて読んだときのショックは今でも鮮明に覚えており、さらに近藤氏が私自身と同じ年代であることに大いに刺激を受け、当時の"はてな"のサービスを片っ端から利用してみた経験があります。

懐かしさもあってふと本書を手にとってみましたが、感想だけを書くと、あの時のショックは微塵も感じずに淡々と最後まで読み終えてしまいました。

これは著者の考えが薄っぺらなものだったわけではなく、ここ数年のインターネットの進化が凄まじく、その殆どが当たり前のように世の中に浸透してしているという現実でした。

逆に言えば、近藤氏の先見の明の"正しさ"を証明していると評価することができます。
そこで2005年当時の私が、どの部分に刺激を受けたのかを本書の中から列挙してみたいと思います。


  • 毎朝の会議を立って行う。しかも途中の入退席は自由。
興味も関係が無いにも関わらず、招集を受けたからには(たとえ居眠りしながらも)最初から最後まで同席する"義務"があるという慣例がありましたが、ダラダラと会議を続けさせないためにも立って行い、途中退席を認める会議は、本人にとっても経営者にとっても効率的です。

  • ブログで人材採用。
履歴書からでは人材の表面的な事実しか分かりません。ブログではその人の考え方やスキルに至るまで履歴書よりも遥かに多くのことが分かります。そして現在では"Twitter"や"Facebook"にまでその幅は広がっており、面接時に人事担当がチェックすることがネット業界では当たり前になりつつあります。

  • 50%の完成度でサービスをリリースする。
ビジネスとして提供するシステムは、万全(と思われる)な状態でのリリースが常識でしたが、インターネットの世界では何よりもスピードを重視する姿勢が必要です。今ではβ(ベータ)版でのサービス提供が当たり前です。

  • プロセスを公開する。
社内での意思決定のプロセスをネット上で公開し、また利用ユーザによる投票によってサービス改善を試みる姿勢が画期的でしたが、不特定多数のユーザが利用するインターネットでは効率的な手法で、今では多くの企業が取り入れています。ぜひ東電にも見習って欲しいものです。


今では当時は斬新だったこれらの内容を、部分的に取り入れているインターネット企業が大半です。
しかし当時の自分の置かれた環境ではどれも"目から鱗"の制度でした。

より多くの便利なサービスやツールが登場してきていることもあり、工夫次第でもっと面白い試みが生まれてくるはずです。

鎮守の森は泣いている

鎮守の森は泣いている―日本人の心を「突き動かす」もの

タイトルから「伐採されてゆく神社の境内の老木を守ろう」という内容を想像してしまいましたが、内容は全く異なります。

神道仏教民俗学に精通した著者が、日本人の精神を探求・解説してゆく論文風のエッセーです。

個人的にも神社を参拝、観光する機会がありますが、これは多くの日本人にも当てはまります。
一方で、現代において天皇現人神として崇拝することに強い抵抗を覚える日本人も多いと思います。

なぜ同じ神道でこうした矛盾した現象が生ずるのか?
本書の前半では、こうした内容を分り易く体系的に著者の学説を交えて解説しています。

これを分り易く解説すると、太古から地域に密着して自然・氏神を崇拝する要素を残したものを"古神道"とし、天照大御神を最高神として天皇を現人神として祭る神教を"国家神道(または神社神道)"として系統を分けることが出来るからです。

ちなみに天皇を現人神(つまり神の末裔)として位置付けるのは、何も戦前(明治以降)に始まったことではなく、奈良時代以前(おそらく天皇制が誕生した頃)より延々と受け継がれてきた系統です。

いずれの考えが正統な神道かという議論が現在も専門家の間で繰り広げられているようであり、個人的には永遠に結論の出ない不毛な論争のようにも思えます。。

キリスト教やイスラム教のように唯一神の元に経典が存在する場合には解釈の相違はあっても、最終的な信仰対象に違いは生じません。

一方で神道は典型的な多神教であり、唯一と断言できる経典もありません。
そのため神道は"宗教"というよりも"死生観"のようなものであり、日本人の習慣や文化に溶け込んだものであるといえます。

こうした日本人の考えは、本来ブッダのみの教えを尊いと考える(原始)仏教さえも神道とミックスさせて多神教化し、生活の一部として同化させてしまいます。

もっとも本書は宗教の優劣を論じる内容ではなく、神道や仏教の考えがどのように日本人の考えに根付いたかをテーマにしています。


本書の後半では一転して、多岐に渡って著者のエッセーが綴られています。
その中で個人的に興味を引いたテーマを紹介してみます。


  • 日本の知識人が最後にたどりつく「日本の心」
  • 「戦後」の底流に流れる内村鑑三の無教会主義
  • 会津武士道と『葉隠』武士道の違い
  • マタギの文化から生まれた切腹の作法
  • 日本神話と最先端科学の起用な対応


本書は有識者である著者(山折哲雄氏)の主張する学説、そして主観が多く入り交じっているため、中にはユニークな理論も散見できますが、こうした玉石混交の本は楽しく読めます。

個人的には神道の一部分のみを都合よく解釈して、パワースポットや御利益だけを目的に神社巡りを行う現代の傾向には違和感を感じますが、そうした懐の深さも神道の魅力の1つだと変な納得をしてしまいます。

小説 二宮金次郎

小説 二宮金次郎 全一冊 (集英社文庫)

二宮金次郎といえば、薪を背負いながら読書をしている像が全国の学校に残っていますが、その具体的な功績はそれほど知られていません。

これは戦前、戦中の政府が"二宮金次郎"を勤勉融和精神の象徴として戦争協力(挙国一致)のために政治的に利用したこともあり、戦後の教育では、意識的に重要視されなかったという見方もできます(戦後には、二宮金次郎の像を撤去した学校もあったようです)。

小田原藩領内の農民として生まれた金次郎は、少年時代に両親を相次いで亡くし、更には酒匂川の氾濫で自らの農地を失うに至って困窮した生活を余儀なくされます。

しかし持ち前の勤労精神で生家を復活させ、武家奉公先では家老・服部家の財政を建て直します。

その手腕を藩主の大久保忠真に見込まれ、荒廃した下野国桜町(分家・宇津家の知行地)の復興を全面的に任され、見事に成功させます。

金次郎と同じように米沢藩の財政危機を建て直した上杉鷹山の規模と比べると、金次郎の実績は小さいかもしれませんが、鷹山がはじめから藩主の立場から改革できたことを考えると、武士をはじめとした反対勢力の抵抗の中で、農民(百姓)出身である金次郎が残した功績は決して劣るものではないでしょう。

本作はあくまで小説であるため脚色されている部分もありますが、金次郎が直面した様々な困難に思いが馳せられており、著者の童門冬二氏が二宮金次郎の生き方に強い共感を持っているとが分かります。

戦国武将や幕末の志士のように華々しい活躍をした人物を題材とした歴史小説もよいですが、生涯を土と共に暮らし、農民の復興に捧げた"二宮金次郎"の精神は、東日本大震災復興に直面している現在において、もう一度積極的な評価を行う時期に来ている気がします。

成功はゴミ箱の中に レイ・クロック自伝

成功はゴミ箱の中に レイ・クロック自伝―世界一、億万長者を生んだ男 マクドナルド創業者 (PRESIDENT BOOKS)
成功はゴミ箱の中に レイ・クロック自伝―世界一、億万長者を生んだ男 マクドナルド創業者 (PRESIDENT BOOKS)

本書は1976年に出版されたレイ・クロック自伝を再版したものです。

レイ・クロックといえばマクドナルドの実質的な創業者として有名ですが、その生涯は波瀾万丈で多岐に渡っているため、その略歴を本書より抜粋します。



レイ・A・クロック(1902 - 1984)


アメリカ・イリノイ州オークパーク生まれ。高校中退後、ペーパーカップのセールスマン、ピアノマン、マルチミキサーのセールスマンとして働く。1954年、マクドナルド兄弟と出会い、マクドナルドのフランチャイズ権を獲得、全米展開に成功。1984年には世界8000店舗へと拡大した(現在マクドナルドは世界119カ国に約30000店を展開)。後年にレイ・クロック財団を設立。さらにメジャーリーグのサンディエゴ・パドレス獲得など精力的に活動を行った。本書原題"GRINDING OUT"はいまも多くのアメリカの学生に読まれ続けている。


アメリカン・ドリームを実現した立志伝中の人物ですが、特筆すべきは52歳という年齢から事業をスタートさせ、レストラン業界において前人未到の大成功と業界のスタンダードを築き上げたという部分です。

ユニクロの柳井正、ソフトバンクの孫正義という日本を代表する起業家が尊敬する人物でもあり、巻末には2人のスペシャル対談が収められています。

波瀾万丈、多岐に渡る活躍は孫正義と重なる部分があり、その前例のないチェーン展開(事業拡大)の手法はユニクロの柳井正と共通する部分があります。

私が本書で印象に残った言葉は次のものです。

やり遂げろ-この世界で継続ほど価値のあるものはない。
才能は違う-才能があっても失敗している人はたくさんいる。
天才も違う-恵まれなかった天才はことわざになるほどこの世にいる。
教育も違う-世界には教育を受けた落伍者があふれている。
信念と継続だけが全能である。

シンプルな言葉ですが、実践することの大切さを説いています。

自伝としても楽しく読める本ですが、これから成功を目指す人へ勇気を与えてくれる1冊です。

ハッピー・リタイアメント

ハッピー・リタイアメント (幻冬舎文庫)

浅田次郎氏が2009年に発表した作品です。

定年を間近に控えた財務省と自衛隊のノンキャリア組の2人。

そんな2人が"天下り"先の機関である、JAMS(全国中小企業振興会)へ赴任するところから物語が始まります。

そこは年代物の立派なオフィスですが、実際には仕事らしい仕事はなく、昨日まで現場の一線で働いてきた2人は戸惑いを隠せません。やがて"立花葵"という美人秘書が2人へ"大仕事"を打診するところから、リタイア後の未来が大きく変わろうとしてゆきます。。。


「天下り」というと批判的な意味合いで使われますが、本書ではそれを社会的問題として真正面から取り組むといった深刻な内容ではありません。

あくまでも「天下り」をテーマに、浅田次郎らしい軽快な切り口でエンターテイメント小説として仕上げた作品です。

また「天下り」自体は、主に官僚組織を対象にすることが多いですが、普通に民間企業でも子会社への出向という形で見受けられます。

個人的には、終身雇用や年功序列といった制度が崩壊している時代に直面し、定年も当分先の話のため、世代的に「天下り」という単語になかなか実感が湧きません。

「天下り」は別としても、どこかの会社で定年を数年後に迎える時がやって来たとき、自らの立っているポジションを鑑みて、はじめて"リタイヤ"という言葉が現実味を帯びてくるのだと思います。

本作の内容は半分がコメディでありながらも、ついそんな事を考えながら読み進めました。

もっとも"生涯現役"を宣言して働く人も最近は増えているので、"リタイヤしない"という選択肢もあるのかも知れません。

ともかく主人公たちが身を持って「天下り」をナビゲートしてくれるかのような視点での描写は、浅田氏の安定した力量を感じます。