本と戯れる日々


今まで紹介してきた本は900冊以上。
ジャンル問わず気の向くまま読書しています。

中原の虹 (2)

中原の虹 (2) (講談社文庫)

馬賊は騎馬民族としての文化・歴史を背景に持っていますが、元々は強盗から村を守る自警集団を発祥としていましたが、戦乱の中で彼ら自身も強盗を働くようになり、当時の満州では数多くの馬賊が存在していました。

馬賊の頭目(攪把)として張作霖は他の馬賊を次々と打ち破って支配領土を広げてゆき、満州馬賊の長(総攪把)としての地位を固めてゆきます。

本作品で描かれている馬賊の戦闘は、残忍そして時には騙し討ちも厭わない強烈なものであり、さながら日本の戦国時代を生き抜く野武士軍団といった雰囲気があります。

当時の満州は、生き馬の目を抜くような危険で混沌とした過酷な地域であり、この地で頭角を現すには、張作霖のように武力、知力、戦闘指揮、そしてカリスマ性を兼ね備えていなければ到底生き抜くことの出来ない場所でもありました。

一方、本作品のもう1つの舞台である北京では、西太后が清の運命を一身に背負っていました。

独裁者として"悪女"のイメージの強い西太后ですが、近年では"女傑"として、列強各国の干渉を受けつつも半世紀にわたり清の独立を保ち続けた政治的手腕を高く評価する意見もあります。

しかしそれは、西太后の命が尽きた時に清の時代も終焉を迎えることを意味していました。

新しい時代を切り開こうとする人間と、今までの世界を守ろうとする人間の対比が鮮やかに描かれているのも本作品の特徴であり、単純な善悪二元論を超えたドラマが繰り広げられます。

また読者に分かり易く伝えるために、清の運命を見届けようと北京に駐在するアメリカや日本などの新聞記者たちの目線からも物語を進めてゆきます。

いわば本作品に登場する新聞記者たちは、複雑な時代背景をナビゲーションする役割を担っており、作品全体からすれば枝葉に過ぎない部分ですが、この部分にも著者の手を抜かないストーリー展開が見てとれ、読者を飽きさせません。


2巻を読み終わった時点で果たして全4巻で物語を完結できるのかと心配になってしまうほどの濃厚な展開が続きます。

中原の虹 (1)

中原の虹 (1) (講談社文庫)

浅田次郎氏による清末期に活躍した張作霖を主人公とした歴史小説です。

張作霖といえば満州を実質的に支配するにまでに至った馬賊出身の北洋軍閥所属の軍人であり、後に関東軍(日本軍)の策略にって暗殺されたとされる人物です。

この張作霖爆殺事件は、帝国主義を掲げる日本の満州併呑実現のための布石であり、太平洋戦争へ至る遠因として教科書に記載されていた記憶があります。

日本史を中心に見ると、悲惨な戦争、そして敗戦へと突き進む暗い時代の始まりですが、個人的には満州を舞台としたこの時代には非常に興味があります。

その魅力を一言で表すのは難しいですが、まず当時の中国は、清の利権を狙う(イギリスやアメリカなどの)列強各国の思惑を背景に、清を支えようとする独裁者の西太后、その下にあって密かに野心を抱く北洋軍閥総裁の袁世凱、そして清打倒を掲げて新しい時代の幕開けを目指す革命家の孫文といった四つ巴(?)の混乱状態にあります。

それに加えて満州では、日露戦争に勝利して一層の利権を広げようとする関東軍(日本軍)、失地奪回を狙うロシア、張作霖を筆頭とする馬賊勢力といった要素が加わり、壮大な草原を舞台にした世界に類を見ない陰謀渦巻く混沌さに惹かれるものがあります。


満州といえば清を建国した女真族(満州民族)発祥の聖地であり、中国と完全に同化してしまった北京の中央政府とは違い騎馬民族としての文化が根強く残っている地域でもあり独特の雰囲気を持っています。


本作品は史実に忠実であるより、時代の雰囲気を出すために伝説や伝承といった要素を重視するスタイルで書かれている長編歴史小説です。

脳に悪い7つの習慣

脳に悪い7つの習慣 (幻冬舎新書 は 5-1)

タイトルの通り、頭の働きを悪くする7つの習慣を解説した本です。


一例として、「興味がないと物事を避ける」、「嫌だ、疲れたとグチを言う」、「やりたくないことを我慢して続ける」などが挙げられているように、それほど目新しいことが書かれている訳ではありません。

ただし本書の価値は、長年にわたる著者の研究成果、そして脳神経外科の医者として救命医療の一線で活躍した理論と経験に裏付けされている点にあります。

何となく脳に悪い習慣と認識しているだけの状態より、本書を通じてその理由を体系的に理解することで、より強く意識することができます。

1時間半もあれば読み終えてしまう内容ですが、1回読んで本棚の肥しにするより、普段の生活の中でたまに取り出して少し読み返してみるといった活用をお勧めしたい1冊です。

シューカツ!

シューカツ! (文春文庫)

タイトルにある通り、大学生たちの就職活動をテーマに描いた小説です。

主人公の水越千晴を中心に大学生たちがプロジェクトチームを結成し、最も難関と言われるマスコミへの就職を目指すところから物語が始まります。

生涯の職業が決まるかも知れない"シューカツ"には、受験と違った独特の緊張感があります。

そんな大学生たちの喜怒哀楽を描いた小説であり、舞台は2006年~2007年あたりに設定されていると思われます。


私自身は就職氷河期真っ只中ということもあり、卒業寸前に滑り込みで小さな会社に就職したこともあって感情移入は難しい部分がありましたが、学生たちの不安と期待が入り混じった複雑な心理状態は理解できます。

著者は本作品を書くにあたってマスコミ業界の新卒採用を詳細に取材したのかは分かりませんが、描写は詳細に渡っており、マスコミの採用試験を知らない私にも説得力のある内容でした。


もちろん小説のための演出もあるでしょうが、本書はシューカツのためのマニュアル本ではなく、あくまでもシューカツを背景にした若者たちの青春小説ですので、本当の意味で現実を反映したものである必要はないと思います。


下北サンデーズ 」を読んだときにも感じたことですが、石田衣良氏の青春小説を書く腕は確かであり、さらに最後まで一気に読めてしまうテンポのよさがあり、読了後は爽やかな印象を与えてくれます。


続けて同氏の作品を読んでしまうと少し食傷気味になってしまうと思いますが、半年に1作品くらいのペースで気分転換をしたい時に読んでみたくなる作家です。

六千人の命のビザ

新版 六千人の命のビザ

第二次世界大戦において外交官としてヨーロッパ各地へ赴任し、ナチス・ドイツに迫害される六千人のユダヤ人の命を救ったと言われる"杉原千畝(すぎはら ちうね)"を、彼の死後、妻である杉原幸子が回想録として綴ったのが本作品です。

外交官は社交場が華やかなことで知られていますが、当時は海外に妻や子供を伴って赴任するが普通であり、それだけに誰よりも夫を近くて見つめてきた、世界でたった1つの視点からの回想録であるといえます。

千畝はリトアニア在勤時代ナチス・ドイツに追われ逃げてきたユダヤ人に対し、人道的な立場から独断でビザを発行し多くのユダヤ人を救った外交官として有名ですが、これは当時の政府命令を完全に無視した違反行為でした。


当時の日本は既に日独防共協定を結んでおり、ドイツとの関係悪化を招きかねない危険性をはらんでいたと同時に、ロシアが併合のためにリトアニアへの侵略を開始した直後でもありました。

一刻も早くリトアニアを抜け出したい差し迫った中で、1人でも多くのユダヤ人を救うべく最後まで留まり続けた彼の執念は賞賛されるべきものです。
まして千畝は妻子を伴ったままであり、ロシア軍に捕まりかねない状況の中でその葛藤は想像を絶するものがあります。

更に災難は続き、戦後は命がけでロシア経由で日本に帰国することになります。

身分保障されている外交官としての立場は強かったと思いますが、千畝はロシア人が聞き惚れるほどロシア語が堪能であり、そして外交官としての交渉力がモノを言い、何とか無事に帰国を果します。

その点はシベリアに抑留され、強制労働に従事させられている日本兵に比べれば幸運であったともいえます。


千畝は早くから、枢軸国(ドイツ・イタリア・日本)の敗戦を予測しており、また外交面においても多くのユダヤ人を救うことで戦勝国の心証を和らげる功績がありましたが、外務省に(ビザの無断発行を咎められ)冷遇され、戦後にも関わらずその職を追われることになりました。


しかしユダヤ人の間では最高の名誉である「諸国民の中の正義の人(ヤド・ヴァシェム)」賞を授かり、多くのユダヤ人から尊敬される日本人として知られるようになりました。

千畝の功績が日本においても評価され始めたのは彼の死後であり、いかに敗戦の復興に懸命だったとは言え、外国に無関心な日本人の気質は、戦前、戦後も変わることが無かったのは残念です。

一方で彼の評価が遅れた理由の中には、千畝自身がユダヤ人に"命のビザ"を発行した事実や、受賞したことを自慢するどころか、身内に語ることも殆ど無かったといった要素もありました。

「人として正しいことを行ったに過ぎない」
という謙虚さを生涯貫いた姿。 そこには古き良き日本人の気質を垣間見れ、同じ日本人として誇らしい気持ちになります。