本と戯れる日々


レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

燃えつきた地図


砂の女』、『他人の』、そして本書『燃えつきた地図』は安部公房氏の代表作であると同時に失踪三部作と呼ばれており、いずれも1960年代に発表されています。

3作品のうち2冊は本ブログでレビュー済であり、本作品が最後の1冊ということになります。

たしかに"失踪"がキーワードになっていますが、そのシチュエーションは作品ごとにかなり異なっています。

「砂の女」では主人公が砂の家に閉じ込めれ、世間から失踪者と見なされる立場となります。
とくに作品の序盤から中盤にかけて描かれる周囲から孤立した部落内で行われる怪奇めいた風習は、ホラー小説を思わせる雰囲気があります。

「他人の顔」では主人公が自らの意志で妻の前から失踪します。
自らの顔を失ったと感じている主人公が、異常なまでの執着心で精巧な他人の顔を作り出し、そのまま他人になりすましてゆく過程は人間が内面に抱える闇を描くサイコスリラーのような雰囲気があります。

そして本作「燃えつきた地図」の主人公は興信所員(今でいう探偵)であり、失踪してしまった夫を探し出して欲しいという依頼を受けるところからストーリーが始まります。

殆ど形跡らしきものを残さずに、こつ然と日常から姿を消した人間を探し出す過程は、まさしくミステリー小説そのものです。

一方でそれぞの作品にホラーやサイコスリラー、ミステリーのような雰囲気はあっても、決してそのものではなく、"安部公房ワールド"としか言いようのない独自のジャンルを築き上げています。

何百万という人びとが暮らす大都会を巨大なコミュニティと見なすことができると同時に、誰もが自分以外の他人へ対して感心がない、つまり人間関係が希薄なコンクリートジャングル、あるいは東京砂漠といった言葉で表現することも可能です。

そして失踪者を捜索する主人公の前に登場すののは一癖も二癖もある人物ばかりです。

たとえば天然なのか何か秘密を隠しているのか分からない失踪者の妻であり依頼人でもある女、その弟で住所職業不定のアウトローな雰囲気を漂わせる男、精神的に不安定で虚言癖のある失踪者の元部下などです。

主人公は各地に足を向けますが、失踪者の発見につながる決定的な情報がなかなか出てきません。

その過程を読んでゆくと、失踪者の捜索というよりもいつの間にか主人公自身が都会の抱える孤独や闇を巡礼しているかのような錯覚に陥ってきます。

そういえば失踪三部作以外にも本ブログで紹介した「箱男」も、登場するのは人との接触を断ち、社会から身を隠した人たちであり、やはり"失踪"というキーワードが関わっています。

昭和30年代から現代人の抱える"孤独"を象徴的に小説化し続けてきた安部公房という作家の前衛的な取り組みは令和の時代になっても読者を惹きつけてやまないのです。

贅沢な時間


本書は三笠書房から「知的生きかた文庫 わたしの時間シリーズ」として出版されている1冊です。

著者は下重暁子氏であり、本ブログでも彼女の本を何冊か紹介しています。

下重氏は故・野沢陽子氏の1年後輩でNHKアナウンサーとして入社し、のちに作家へ転向して多くのノンフィクションやエッセイを手掛けています。

現在90歳近くでご存命であり、おそらく本書は50代後半の頃に発表したエッセイであり、タイトル通り「贅沢な時間」をテーマにしています。

内容は5章からなっており、生活や人生の局面ごとに「贅沢な時間」に言及していますので、簡単に紹介してみたいと思います。

第1章 あたり前の日常を楽しむ贅沢

休日はベランダで朝食をとりながら季節を感じたり、毎日の食卓、またお酒や外食の楽しみ方など、人生とは切っても切り離せない"食事"の話にはじまり、休憩の時間や入浴、就寝など日常のライフサイクルを中心に贅沢な時間の過ごし方について言及しています。

第2章 新しい自分に出会う贅沢

習い事をはじめとした趣味に関する話がまとめられています。
人間は何歳になってからも新しく学べぶことでき、また新しい学びを通じて刺激と楽しみを得ることができるのです。

第3章 旅の仕方を変える贅沢

有名な観光地を巡るというありきたりの旅行ではなく、ゆっくりと日常から離れてリラックスできることこそ贅沢なのです。
ここでは著者が自分流の旅の仕方を紹介しています。

第4章 四季を遊ぶ贅沢

季節の変わり目、つまり風流を楽しむ暮らしは日本人が古来より得意としていた分野です。
著者が季節の行事、また衣替えなどを楽しみながら暮らしている様子が分かります。

第5章 一人時間を味わい尽くす贅沢

"一人の時間を楽しむ工夫"というよりは、"一人の時間を大切にする"といった視点で書かれています。 本テーマに興味のある方は、過去に本ブログで紹介した「極上の孤独」も読んでみることをおすすめします。


誤解を恐れずに言えば、ネットや本屋で見かける小手先の工夫や知恵による効率化によって生活の質を向上させようというライフハックのような内容とは一線を画しており、時には非効率な方がより人生を楽しめるといった方向の内容です。

すくなくとも人生を幸せに生きてゆくには「お金をかける=贅沢」、「タイパ・コスパ=豊かな生活」といった発想は変える必要があると思わせてくれる1冊です。

中国の隠者


"隠者"という単語と、岩波新書というだけの理由で手にとってみた本です。

"隠者"というと"世捨て人"という言葉とほぼ同義であり、ここに中国というキーワードが入ると個人的には"仙人"ようなイメージを持ちます。

ただし本書は老荘思想に出てきそうな仙人へ言及したものではなく、サブタイトルに「乱世と知識人」とある通り、優れた知識を持ちながらもあえて仕官の誘いを断り、もしくは1度は仕官するもその地位をあっさりと捨てて俗世界から距離を置いて生きてきた人びとたちを取り上げています。

著者の富士正晴氏は作家、詩人、また版画家として活躍された方のようです。

富士氏は中国思想や歴史の専門家ではありませんが、何よりも彼自身が晩年は竹やぶに囲まれた自宅に引きこもって活動していたそうで、「竹林の隠者」と呼ばれていたようです。

つまり中国の隠者たちを自らの境遇に重ねていたはずであり、本書はそうした隠者たちの経歴や暮らしぶりに言及し、考察した1冊となります。

はじめは春秋時代の孔子、そしてその弟子たちの中でもっとも隠者の風格のあった顔回へ言及しています。

続いて范曄が「後漢書」の中で隠者たちへ言及した逸民伝(いつみんでん)に登場する隠者たちを紹介しています。

そして3世紀の魏晋時代の代表的な隠者たち「竹林の七賢」、その中でもとくに阮籍(げんせき)、嵆康(けいこう)を中心に、彼らの生き方を著者独自の切り口で考察していきます。

最後は隠者のような生活を送った詩人として有名な陶淵明(とう えんめい)の生涯を追っています。

陶淵明は田園詩人として知られて、また著者自身も詩人であったことから、本書に登場する隠者たちの中ではもっとも大きな影響を受けたと思われます。

著者は「金瓶梅」、「紅楼夢」といった有名な文学作品を翻訳した経験もあり、中国語には通じていたようです。

一方で学者のような専門家ではないため、時には自身の感覚で翻訳しながらも、要所は吉川幸次郎(中国文学者)や貝塚茂樹(中国史学者)の解説を引用したり、また陶淵明への鋭い考察で知られる魯迅の言葉を紹介したりしています。

「竹林の七賢」、「陶淵明」などは名前だけをかろうじて知っている程度ですが、本書は隠者へ対しての体系的な研究を目的としたものではなく、散文的に隠者を論じたエッセイといった印象を受けました。

所々に漢文のために読み下し文が登場するものの、これは古典の雰囲気を伝える上で欠かせない要素でもあり、全体としてはそれほど難解な印象は受けませんでした。

たまに私にとってはお手上げのような専門書を手にとってしまい、途中で諦めて放り出してしまった経験はありますが、本書は最後まで知的好奇心の赴くまま楽しみながら読むことができました。

神の代理人


塩野七生氏によるカトリックにおける最高位聖職者である4人のローマ法王を主人公とした歴史小説です。

中でも本書で取り上げられているのは、イタリアのルネサンス期に活躍したローマ法王たちです。

世界史の教科書でルネサンスとは、芸術とともに人文主義(ヒューマニズム)が開花した時代であったと解説されていた記憶があり、伝統的なカトリックの価値観(教会への絶対服従)とは相性が悪いものだと思っていました。

実際にこの時代の価値観がのちの宗教改革(プロテスタントの誕生)へと繋がっていきますが、一方でミケランジェロダヴィンチラファエロといった有名な芸術家たちはカトリック教会がおもなスポンサーとなり後世へ残る作品を生み出したという事実もあり、本書で取り上げられている法王たち自身も彼らの熱心なパトロンでした。

本書に登場する4人のローマ法王は以下の通りです。

  • ピオ2世(在位:1458~1464年)
  • アレッサンドロ6世(在位:1492~1503年)
  • ジュリオ2世(在位:1503~1513年)
  • レオーネ10世(在位:1513~1521年)

そしてこのローマ法王たちの軌跡を知る上で欠かせないが、当時のイタリア、それを取り巻くヨーロッパ主要国とその周辺の状況です。

まずイタリア国内の北から主要な勢力を挙げてゆくだけでもミラノ公国、ヴェネツィア共和国、ジェノヴァ共和国、フェラーラ公国、フィレンツェ共和国、ローマ法王領、ナポリ王国があり、イタリアは中世を通じて日本の戦国時代のような群雄割拠状態にあります。

そのイタリアへ政治的・経済的な影響力を及ぼそうとフランス王国神聖ローマ(ドイツ)帝国スペイン王国らが虎視眈々とその機会を狙っています。

加えてヨーロッパのすぐ隣で東ローマ帝国を滅亡させ勢力を伸ばしてきているオスマン帝国が存在します。

こうして紹介してみると当時の複雑な勢力図を理解するのは大変に思えますが、そこは作品を読み進めてゆく過程で自然と頭へ入ってくるように書かれているので心配ありません。

本書に登場するローマ法王たちは、それらの国と時には同盟を結び、時には争うなど目まぐるしく立場を変え、カトリックを統率する聖職者というより、その実態は権謀術数を弄する政治家に近いという印象であり、現代の精神的指導者としての立場とは大きく異なります。

ただしイスラム教におけるスルタン、日本でも比叡山をはじめとした宗教勢力が大きな軍事力を持っていたことを考えると、中世ではこれが世界標準だったと捉えることもできます。

450ページにわたりびっしりと書かれている読み応えのある作品ですが、それぞれのローマ法王がとった政策は個性的であり、法王が代替わりした途端に方針を180度転換するようなこともしばしば起こり、最後まで退屈することはありませんでした。

1冊の文庫本としてはかなり満足度の高い内容であり、改めて中世ヨーロッパを歴史小説として楽しませてくれる塩野氏の作品に感銘を受けた1冊でもあります。

働かない技術


中年の危機(ミドルエイジ・クライシス)」という言葉があります。
これは人生の折り返し地点に立ち、自身のキャリアの終着点が何となく見え始め、さらに体力的にも衰えを実感し始めることもあり、残りの人生へ対して不安や葛藤を抱いてしまう現象です。

本書のタイトルにある"働かない"とは、会社を辞めて不労所得で生活するという意味ではなく、若い頃にがむしゃらに働き、それを是として受け入れてきた世代の人たちが、働き方改革ワークライフバランスに代表される新しい価値観へ適応する必要性を表したものです。

本書では30代後半~40代のミドル世代(=大企業でいえば課長世代)へ向けて、これからの時代に「企業人」として行きてゆくための心構えや、今後必要とされる働く技術を解説・提案しています。

ただし、これは簡単なことでないことも確かです。
なぜならそれは社会人として自分を作り上げてきた価値観を作り変えることを意味し、若い世代のように柔軟な適応能力が失われつつある中年世代にとってその過程は苦痛を伴うものだからです。

本書では経営コンサルタントの新井健一氏が、これからの労働へ対する価値観を解説した上で、なぜ従来の価値観では通用しなくなるのか、さらにはこの価値観へ対応できない職場(会社)の待つ末路などを分かりやすく解説しています。

その上で冒頭にある今後必要とされる働く技術を解説・提案してゆきますが、その前提としてこれからの日本企業では、役割給人材職務給人材の2つのタイプに分かれてゆくといいます。

役割給人材は特定の企業内で後輩メンバーを育成する役割を担い、職務給人材はポストに求められる職務の範囲内で責務を果たす人材のことです。

もちろんどちらにも長所・短所がありますが、それぞれの特徴についても解説されおり、自分がどちらに向いているのかを考える機会になります。

全体的に難しい専門用語などは使われておらず、新書という形態もあり、手軽に読めるビジネス書といった印象を受けました。

私自身もここ数年で大きく働き方の価値観が変わりつつあることを実感しており、中年の危機によって呆然と立ち尽くしてしまわないために本書から得られたヒントは多かったように思います。

ノラや


内田百閒(うちだ ひゃっけん)は夏目漱石の門下生として、また数々の小説や随筆を残した昭和を代表をする作家として知られています。

名前は以前から知っていたものの、その作品を読むのは今回がはじめてです。

本書は月刊誌「小説新潮」に連載された随筆の中で、家猫のノラ失踪の顛末とそのあとに住みついたクルについて書かれたものがまとめられたものです。

時期としては昭和31~45年の間、内田氏にとっては60代後半~80歳の時期に相当し、晩年に書かれた随筆ということになります。

内田氏は作品中で元々猫が好きだったわけではないと述べており、たまたま近所の野良猫が庭を訪れるようになり、餌を与えるうちに自宅に棲み着き、夫婦揃ってその猫を溺愛するようになったという経緯です。

作品中に描かれるノラやクルの愛くるしい仕草や性格、癖、また生活の中に猫のいる風景は、猫好きであれば読みながら思わず頬が緩んでしまいます。

私自身も2匹の雌猫を飼っており、1匹は元野良、もう1匹は元保護猫であることから著者の気持ちはよく分かるような気がします。

ところでノラとクルは同時に棲み着いていたわけではなく、ノラは飼い猫になってから約1年後に失踪し、クルはその2ヶ月後に自宅に棲み着くようなった猫です。

ノラが失踪した後、内田氏は毎日のようにノラの居た頃を思い出しては泣き出すという日々だったようで、それは数年が経過しノラが戻ってくる見込みがなくなってからも変わりませんでした。

作品中では昼夜構わず数え切れないほど涙を流す場面が登場し、すこし泣き過ぎではないかと思ったりしまたが、70歳近くではじめて猫を飼い、年をとって涙もろくなっていることが関係しているに違いありません。

さらに失踪したノラの行方を知るために幾度となく新聞の折込ビラを配布したり、読者が教えてくれた迷い猫が帰って来るおまじないと毎日続けたりと、出来る限りのことを試みます。

一方で作品を読み進めてゆくと、ノラが失踪した悲しみを新しく家に来たクルが少しずつ癒やしてくれる過程についてもよく分かります。

クルは失踪することはありませんでしたが、約5年度に重い病気にかかり、この時も毎日のように獣医に往診してもらうといった手厚い看護を夫婦で続けます。

そしてこの2匹の猫を失った悲しみがあまりも大きかったこともあり、その後に猫を飼うことは二度とありませんでした。

作品中には内田氏が猫たちへ抱いた喜怒哀楽がすべて描かれており、猫たちが人生を豊かなものにしてくれたことは間違いありません。

ちなみに本書は猫好きにとって有名な文学作品のようであり、長い猫ブームが続いているだけに長く読み継がれている作品になっているようです。

月下美人


吉村昭氏の短編集です。

本書には8作品が収められいますが、全ページの3分の1が表題作の「月下美人」に割り当てられています。

この「月下美人」は以前本ブログで紹介した作品「逃亡」の取材ノートというべき作品です。

この「逃亡」は昭和19年に霞ヶ浦海軍航空隊に所属する若い整備兵が、米国のスパイと思われる謎の日本人の指示で戦闘機を爆破し、そのまま終戦まで逃亡を続けたという事実を元にした戦史小説です。

著者は最初、この事実を偽名を名乗る人物からの電話により知ることになります。
(結局、この人物の正体は最後まで判明せず。)

この情報提供を頼りに直接本人へ取材をすべく訪れますが、彼は結婚して東京郊外の市役所に勤めており、職場の同僚はおろか妻にもそうした過去を秘密にして暮らし続け、最初は著者へ対して心を許さず警戒していました。

終戦から25年が経過しているとはいえ、本人にとっては出来れば誰にも知られたくない過去であったことは容易に想像できます。

しかし著者の取材申し入れが長年に渡る心の重荷を下ろす機会になると考えた元整備兵は、重い口を開く決心をするのです。

ただし当然のように吉村氏が発表した「逃亡」では作品中の出来事はノンフィクションであるものの、プライバシーを考慮して登場人物はすべて仮名(小説では望月)で執筆されています。

しかし作品が発表され肩の荷が下りたと感じた元整備兵は、かつて逃亡を続けた自らの軌跡を確かめるかのように旅へ出るようになり、ついには本人自らが歴史研究家との共著で本名を公表して回想録を出版するに至るのです。

そこまでの過程はそれほど単純ではなく、元整備兵の心の浮き沈みが激しく、何度となく吉村氏を困惑させるような出来事があったことが書かれています。

一方で著者が取材を申し込まなければ元整備兵がそうした過去を生涯心に秘めたまま人生を終えた可能性も充分あり、吉村氏は彼へ対して一種の罪悪感を抱き続けていました。

そうした作品発表の前後を併せて10年間にも及ぶ彼との関わり合いが書かれた「月下美人」は、元になった「逃亡」と併せて是非読んで欲しい作品です。

残りの7作品については私小説的な短編になっており、吉村昭の代表作といえば長編小説が有名ですが、短編小説を書かせても超一流の作家であるというのが個人的な感想です。

つまり本書はとてもお得な1冊であり、吉村昭ファンであれば必読の1冊といえるでしょう。

遠い幻影


吉村昭氏の短編集で、300ページ弱の文庫本に14篇の作品が収められています。

  • 梅の蕾
  • 青い星
  • ジングベル
  • アルバム
  • 光る藻
  • 父親の旅
  • 尾行
  • 夾竹桃
  • 桜まつり
  • クルージング
  • 遠い幻影


今まで読んできた吉村昭氏の作品もかなりの数になってきたこともあり、上記のうち半数以上は自らの体験を元に幾らかの要素を付け足した、いわば"準私小説"のような作品であることが読んでいると分かります。

残りの作品は、僻地の診療所へ自ら志願して赴任したきた医師、囚人の脱走騒ぎを体験した刑務官、探偵のアルバイトをする学生など、さまざまな題材が扱われています。

吉村昭氏のおもな長編小説は、はじめは純文学、続いて第二次世界大戦を扱った戦史小説、そして江戸時から明治時代を扱った歴史小説へとテーマが変わっていきます。

それに比べて短編小説はその変化の遍歴が分かりにくい部分がありますが、それでも作風が確実に変わっていっていることが分かります。

著者はあとがきで次のように語っています。
竹は節があるから強靭なのであり、直立した地上茎は、細いのに高く伸びても折れることはない。
私が短編小説を書くのは、竹にとっての節に似た意味を持つからである。
竹の節のように、一定の時間の間隔をあけて短編小説を書く。苦しい仕事ではあるが、それを書かなければ、小説を書く私が、もろくも途中から折れてしまうような危惧をいだいている。

つまり長編小説でテーマが変わってゆく過程は、まずは短編小説がきっかけになっていると捉えることができます。

たとえば本書では1980年代に書いた私小説を、同じテーマや場面を扱いながらもあえて準私小説のような形で書き直しているような作品もあり、著者がさまざまな試みによって自らのスタイルを進化させようとしている姿勢が見てとれます。

この"進化するための努力"は、著者が言うように"苦しい仕事"でもあり、作家として確固たる地位を築き上げてのちも、その地位に甘んじることのないプロとしてのストイックさが作品からも充分に伝わってきます。

著者の徹底した取材や調査によって書かれた作品は、なるべく華美な装飾を避けるかのように抑制された表現で事実をそのまま記述し、それを綿密な構成でつなぎ合わせるようにして完成している印象を受けますが、そのバックボーンが本書に収録されている短編小説であると考えると、感慨深いものがあります。

いま中国人は中国をこう見る


2025年11月に高市総理による台湾有事に関連した発言(いわゆる高市発言)を受けて中国政府は即座に反応し、強い批判を繰り返すとともに、国民への訪日自粛の呼びかけ、輸出入規制といった報復措置に踏み切りました。

かねてより中国共産党(なかでもとくに習近平政権)にとって台湾統一は"核心的利益中の核心"であることを公言しており、すこし注意深く考えれば高市発言の反応としては当然であり、中国政府の姿勢や態度は終始一貫していて分かりやすいという見方ができます。

一方で中国国民たちがどのような考えを抱いているかについては徹底した監視社会ということもあり、なかなか実情が分かりにくいという現状があります。

つまり中国人による自国の政府批判はただちに検閲に引っかかり、直接的に自身のリスクへと繋がるのです。

政府は国民のあらゆる個人情報を把握・監視・検閲しており、日本人の感覚では中国国民は極端に表現の自由が制限されているように思えます。

こうした理由から外交や軍事といった側面以外からも、中国社会の実態をルポ取材、またはノンフィクションで紹介した本を今まで何冊か読んできました。

ルポ デジタルチャイナ体験記
ルポ 中国「潜入バイト」日記
さいはての中国

これらの本から得た情報を大雑把にまとめると以下のようになります。

  • 中国人は良くも悪くも寛容であり、政府に個人情報を管理・監視されていることをさほど気にしていない。
  • それでも政府に目を付けられるような面倒はなるべく避けつつ、個人の生活を自由に楽しんでる。
  • (特にIT分野における)中国人のビジネス展開は日本人以上に柔軟さと臨機応変に富んでおり、技術革新という側面で中国を追従するのは容易ではない。
  • 社会との調和を重んじる(空気を読む)日本人とは対照的に、中国人は他人の目をあまり気にしない個人主義の傾向がある。
  • 一方で身内(仲間)だと認めた人へ対してはとことん親切であり、日本人なら躊躇するようなお金の貸し借りにも応じることが多い。

    • 一言で表せば、一党独裁の政治体制を敷く国家の中で生活をする中国人たちはしたたかに生活しているといえます。

      しかし状況はつねに変化してゆくものであり、情報をアップデートするために本書を手にとってみました。

      本書はコロナがほぼ収束した2023年に出版されており、中国に詳しいフリージャーナリストの中島恵氏によって執筆されています。

      はじめに注意すべき点として、あくまでも著者の個人的な知人やそこから紹介された中国人へ対して取材する形をとっており、これは大々的なアンケート調査や世論調査を行えるような国柄ではないため仕方のないことですが、統計的な意見ではないという点です。

      また当然ですが、取材対象となった人の経済状況、学歴、職業、地域などによって意見はさまざまであるという点も頭に入れておくべきです。

      インタビュー内容は政治、経済、教育と広範囲に及びますが、全体として先に紹介した中国人へ対する印象が大きく変わることはありませんでした。

      一方で本書によって新しく知ることも多く、その一例を紹介したいと思います。

      例えば中国国内ではマナー意識が高まりつつあり、都会の中で大声でケンカをするような光景は見られなくなったといいます。

      ただし都市部住民と地方出身者ではマナー意識の格差が大きく、都市部住人はマナーの悪い地方出身者と同じ中国人だと思わないでほしいとさえ考えています。

      先に紹介されたように厳しい情報統制が行われている中国社会では、共産党幹部の汚職など都合の悪いニュースは報じられません。

      しかし多くの中国人が日本や欧米のニュースソースへアクセスできる手段を持っており、次のように語っています。
      もし本当に、中国人は自国の都合の悪いことは何も知らない、と信じている日本人がいるとしたら、あまりにもお気楽というか、時代の変化に鈍感だと思います。

      ここ近年の中国の科学技術やAIをはじめとしたIT技術の発展は目覚ましいものがあるは私自身も感じており、中国人たちも自国のサービスや商品に自信を持ちつつあります。

      結局は1人の人間として考えたときに、日本人と中国人にそれほど違いはないのかも知れません。

      本書の最後にインタービューに答えた中国人は次のように答えています。
      中国中の人が覇権主義に賛同し、中国に世界でナンバーワンの国になってほしいなんて考えているわけではありません。
      多くの中国人は自分と家族の生活を守り、ただもっと豊かになることだけを望んでいます。 求めているのは社会の安定と家族の幸せ、それだけなんです。

地形と日本人


著者の金田章裕(きんだ あきひろ)氏は、地理学者であり京都大学名誉教授などを務めています。

本書では地形を空間時間の両面から研究する歴史地理学の視点を紹介しており、学術的な内容の新書です。

地理学というと取っ付きにくい印象を受けますが、「ブラタモリ」のような番組が好きな人であれば抵抗なく読むことができると思います。

また新書というページの制限もあり、多くの地形の中でも"平野"に焦点を当てて解説が行われています。

日本国土の7割が山林であることはよく知られていますが、人口の大半は平野に集中しています。
中でも国内最大の関東平野には、日本の人口の1/3以上が生活を送っていることから、もっとも身近な地形ということになります。

平野では河川によって運ばれる堆積物が扇状地を構成し、川の氾濫によって低湿地が生まれ、侵食によって土地が削られ台地が形成されたりします。

ときには山崩れによって一気に地形が大きく変化することもあり、また海岸線も陸化、または反対に侵食されることもあります。

ここまでは自然条件による平野の形成や変化ですが、そこに人間が住み着くようになり、やがて土木技術が進化するにつれ水害を防ぐために堤防を築くようになり、農業のためにため池を造成したり、反対に湿地や海を干拓して埋立地にしたり、人の手によっても地形は変化してゆきます。

本書ではこうした平野における地形の変化を時間の経過とともに考察しており、古地図と比較することによってその変化が具体的に解説されている箇所も随所に見受けられます。

趣味として江戸時代の古地図と比較しながら東京を散歩する人も多いようで、書籍だけでなく専用のスマホアプリも存在するようです。

また単純に自分が今住んでいる場所が昔はどのような場所だったのかを知るのは、好奇心以外にも防災の面でも役に立ちます。

ちなみに私の今住んでいる場所は平野の中でも台地に位置し、明治頃までは雑木林だったようです。 つまり地盤は安定しているものの水には乏しく、昔はあまり人が住むのに適した土地ではありませんでした。

本書には写真や地図も各所に掲載されており、大学の講義を手軽に新書で楽しめると思って気楽に手にとってみてはいかがでしょう。

彦九郎山河


本書は吉村昭氏による高山彦九郎を主人公にした歴史小説です。

私にとって名前は知っているものの、そこまで詳しく経歴を知っている人物ではありませんでした。

林子平蒲生君平らと並んで"寛政の三奇人"と言われ、幕末の倒幕運動の主流となった尊王論、そして外国からの脅威へ対しての海防論をいち早く唱えた先駆者として知られています。

ちなみに"奇人"という言葉は「おかしい人」という意味ではなく、「優れた人」という意味で使われていました。

彦九郎が活動していた時期は、ペリー総督による黒船来航より約半世紀も早く、幕府の支配力に僅かなほころびこそ見られるものの、まだまだその力が強大な時代でもありました。

本作品は彦九郎の生涯を描いたものではなく、舞台となるのは42歳から46歳までのわずか4年間です。

それでも本作品は文庫本で400ページ以上にもなる長編歴史小説になっており、それを可能にしたのは彦九郎が筆マメで彪大な日記を残していたからです。

彼は妻子を故郷に置いてきたまま江戸へ出ており、作品の始まり時点ですでに儒学者・細井平洲門下の高弟として有名な存在でした。

普通であれば自らも一派を構えて私塾を開くなり、どこかの藩に学者として招聘されてもおかしくない立場でしたが、彦九郎はとにかく1つの場所に落ち着いていられるような性格ではなく、4年の間に蝦夷へ渡るべく東北地方を訪れたり、京都で活動したり、さらには九州全域を回ったりしています。

また交友関係も驚くほど広く、日本各地に知人が点在しており、旅先での滞在先にもそれほど困ることはなかったようです。

彦九郎の悲願は朝廷による王政復古であり、そたのめ手段を講じるため尊王派の国学者たち、革新派の公卿たちと会合を重ねる日々を過ごしています。

それだけにのちに幕末の志士たちへ与えた影響は大きく、とくに吉田松陰は彦九郎を尊敬していたといいます。

その当然の結果として彦九郎の行動は幕府によって厳重に監視されるようになり、とくに九州各地の遊説ではつねに幕府から尾行を受けるようになります。

また彦九郎は各地を歩きながら、浅間山の天明大噴火天明の大飢饉による惨状に驚きつつも、農民たちの困窮へ対して有効な手を打てず、多くの餓死者を生み出した為政者(幕府)への批判の気持ちが一層と高まってゆきます。

学者という立場に満足できず、時には潜伏しながら日本各地で政治活動を続けてきた高山彦九郎の生き方は幕末の志士そのものであり、それをまだ幕府の支配力が強力で、のちの水戸や薩摩、長州のような尊王攘夷派の藩が1つもない時代に、たった1人でやり続けてきことに価値があるように思えます。

最後に孤立無援の中で亡くなった高山彦九郎の遺した辞世の句を紹介したいと思います。
朽ちはてて身は土となり墓なくも
心は国を守らんものを

一号線を北上せよ


"一号線"といえば国道1号、つまり東京~横浜間の別名・第二京浜を個人的には思い浮かべますが、本書ではヴェトナムのホーチミン~ハイノ間を結ぶ国道1号のことを指します。

ヴェトナムでもっとも大きい2つの都市を海岸沿いに縦断する国道であり、その距離は約1800km(日本列島でいえば青森~下関間の距離)にも及びます。

しかもこの道を旅するのが「深夜特急」で知られる沢木耕太郎となると、同作品のファンであれば本書を手に取らない理由はありません。

この旅を行ったのは本ブログで以前に紹介したNHKの番組製作のために訪れたブラジルへの旅を描いた「イルカと墜落」の翌年であり、2002年ということになります。

著者は1947年生まれで当時54歳であり、ユーラシア大陸をバスで横断したときの年齢が20代半ばであることを考えると、決して若いとは言えない年齢です。

当時のヴェトナムはインフラの整備状況が充分な状態とは言えず、一気にバスで踏破しようとすれば、かなり過酷な旅になるはずです。

しかし若くはなく、作家として確固たる地位を築いている沢木氏にとって若い頃のように乏しい所持金を気にしたり、バスの中で長時間にわたり過酷な道に耐え続けるといった苦痛を自ら求めるような旅をする必要はありません。

また作家としてのスケジュールを考えると、定職に就いていない若い頃のように、心ゆくまでヴェトナムに滞在し続けるといったことも出来ません。

つまり本書で描かれているヴェトナム旅行は若い頃のように無計画なものではなく、年齢相応の旅を楽しむというスタイルを取っています。

このような表現をすると、刺激が少ない物足りない内容ではないかと思う人がいるかも知れませんが、実際には旅のそして何よりも人生の経験を積み重ねてきた円熟味のようなものが感じられ、「深夜特急」とは違った魅力を楽しむことが出来ます。

無理のない距離で途中下車し、その町の風景やそこに住む人々の暮らしをじっくりと観察する余裕のようなものがあり、こういった旅なら自分もしてみたいと思わせるものがあります。

一方でバイクタクシーや商店などで料金を吹っ掛けられていると感じたら躊躇なく値切り交渉をする場面などは、昔と変わらない著者らしい旅慣れたしたたかさを感じさせます。

著者は林芙美子氏の小説「浮雲」からの文章を引用しつつ最後を次のように結んでいます。
「何時か、何処かで、消えるともなく消えてゆく、浮雲」のような旅人になるのも悪くないな、と思ったりもしていた。

私自身は今まで1人旅をした経験が殆どないこともあり、なかなかこの心境に達することはできません。

一方で本書を読むと、何歳になっても体が動く限りは自分なりの1人旅を楽しむことが出来るのではないかと思わせるものがあり、ちょっとした冒険を楽しんでみたい気持ちに駆られます。

新麻雀放浪記


タイトルから分かる通り阿佐田哲也氏による大ヒットシリーズ「麻雀放浪記」の続編です。

正直に言えば続編が存在することすら知りませんでしたが、古本屋で偶然目にして迷わず手に取った1冊です。

前シリーズは戦後間もない混沌としたバラック街の奥深くで開かれている賭場、個性的な"博打打ち"、そして"バイニン(麻雀玄人)"たちとの勝負といったアウトローな雰囲気が魅力的な作品でした。

それでもシリーズ終盤となる昭和30年頃になると、日本が戦後から復興しつつある反面、日陰に生きる博打打ちたちが次々と姿を消してゆく哀しさも描かれていました。

著者自身をモデルにした主人公・坊や哲も博打の世界から足を洗い、十数年が経過した時点から物語が始まります。

生来の博打打ちが会社員となってそれなりに充実した日々を送っている訳もなく、かなり冴えない状況にいます。
私はすっかり中年男になって、腹がふくれ、禿げあがり、途方もなく長い時間眠るようになっていた。
もう誰も、坊や哲、などとは呼ばない。
それどころか、昔、骨と皮だけになって打ちまくっていた頃の写真を見せても、それがこの私とは誰も信じない。

実際の生活は、定職を持たず、妻子もつくらず年老いた両親の住む生家に転がり込みといったいわばニート状態です。

所持金もなく、タバコ1箱を万引きするといったつまらない理由で留置所へ放り込まれてしまいます。

落ちるところまで落ちたという感じですが、その留置所の中で同じく万引きで捕まっていた1人の学生と出会うことが大きな転機となってゆきます。

本書の副題は"申年生まれのフレンズ"とあり、作品の舞台が昭和50年前後であることを考えると、この学生は1956年生まれということになります。
主人公は学生に"ヒヨッ子"というあだ名を付けます。

やがて水商売をしている同じくらいの若い女性花枝とも出会い、主人公はいわば彼らの"博打の師匠"という形で、日本各地、さらに海外を舞台に物語が展開してゆきます。

戦後の混沌とした世界の中で命を的に"博打打ち"として生きてきた坊や哲、そして彼がその世界から足を洗う頃に生まれてきたヒヨッ子、花枝とは親子ほどの年齢差があります。

博打打ちたちは麻雀などで一時的にコンビを組むことはあっても、本質的には一匹狼として生きてゆくものです。

息つく間もない殺伐とした勝負の場面が描かれている一方で、それを誰よりも知っている坊や哲が彼らに博打を指南してゆく姿は前作にはない雰囲気です。

やがて勝負勘を取り戻してきた坊や哲が、マカオのカジノで大勝負に挑むという場面が作品のクライマックスになってゆきます。

読み終わって思うのは、どんな舞台であれ阿佐田哲也氏の描くギャンブルの世界は抜群に面白いと改めて実感したことです。

そしてその面白さは今ではとても公言できない著者自身の経験に裏打ちされているのは間違いないと同時に、著者のような経歴を持つ作家が今後誕生するような余地がないことを考えると寂しさも感じるのです。

炎のなかの休暇


吉村昭氏による私小説です。

著者にとってエッセイで自らの生い立ちや日常を語ることはあっても、それを私小説として発表している作品は珍しいのではないでしょうか。

タイトルの""とは、東京大空襲をはじめとする大戦中におけるアメリカのB29による焼夷弾投下を指し、"休暇"とは、戦中の国家総動員法による勤労動員はあるものの、学校が休校状態となったこと、加えて著者の場合は肺結核を患い療養を行っていた時期とも重なるため、その間を長期休暇に例えたものになりあmす。

ちなみに著者自身は徴兵検査で第一乙種に指定されるものの、実際の徴兵には至らずに終戦を迎えています。

つまり本書は戦中、戦後間もない頃の体験を小説化したものであり、昭和52年から55年にかけて発表された8つの短編が収録されています。

空襲により町を焼け野原にして多数の遺体が至るところに転がる風景、戦中の言論統制、さらには終戦を迎えて一層ひどくなった物資の困窮を主観的、かつ感情的に描けばどこまでも悲惨な表現が可能ですが、不思議とどの作品からもそうした印象は受けません。

それは戦争を経験した著者がもっとも多感な時期、つまり青春時代と重なるからであり、後世から見れば大変な時期ではあったものの、著者自身の心情は灰色一色ではありません。

一方で読者の立場からは、戦争がもたらす悲劇が誇張のないリアリティな表現を通じて伝わってくるという迫力があります。

たとえば兄の1人が戦死して遺骨となって自宅へ戻り、それを見て泣き叫ぶ母親の描写、父親が不在のときに大規模な空襲があり、異臭を放つ遺体の群から父親を捜索する描写(このとき父親は結果的に無事だった)、更にはその父も母も間もなく病死してしまう場面などです。

短編集ということもあり、作品間に時系列、間接的なつながりはあっても、それぞれの作品が独立したストーリーとして成立しています。

簡単にそれぞれの短編で描かれているエピソードを書き出してみたいと思います。
  • 近所へ引っ越してきた歯科医一家の息子と毎日のようにトンボを追いかけ、やがてその一家が心中を図った事件
  • ロシアから亡命し近所へ引っ越してきたロドルフ一家のこと
  • 空襲で行方不明となった父親を探しに愛人宅を訪れたこと、
  • 近隣から非難されながらも一心不乱にランチュウの養殖を続けた近所の転居人のこと
  • 結核を患い病臥していた頃に定期的に見舞いに訪れてきた友人との関係

どれも戦争全体から見ればささいな出来事ではあるものの、著者自身の体験だけにそれぞれの場面が鮮やかに描き出されている印象を受けます。

吉村氏は日暮里で生まれ育っていますが、50歳前後の頃に夜間空襲で焼け、大半の住民が居なくなり、さらに戦後復興により戦前の面影が消えてしまった生家の近隣を度々訪れるようになったといいます。

頭の中で消えてしまった町を再構築してゆくうちに、昔の記憶や思い出が突然のように蘇るといいます。

本書はいわば作家・吉村昭氏の原風景が描かれているといってよく、同氏のファンにとって必読の1冊ではないでしょうか。

勝負眼


本書はサイバーエージェント元社長(現会長)藤田晋氏による週刊文春での連載を書籍化したものです。

本書に掲載されている記事の大部分が当時社長だった時に執筆されていること、連載1回あたり2400字程度で、それが50週分連載されていること、さらに社員数約9000人、売上高約9000億円というサイバーエージェントという企業規模を考えると、現役経営者が出版した本としては異例なほど充実しています。

実際に本書で触れらていることは会社経営、趣味のこと、さらにはプライベートな出来事まで多岐にわたりますが、視点としては完全にビジネス書を意識して書かれています。

私自身がかつてサイバーエージェント社と仕事をしていた時期もあり、個人的にはかなり身近に感じている企業です。

藤田氏にとってはじめての著書「渋谷ではたらく社長の告白」を再読したときに本ブログで紹介していますが、はじめて読んだのは2005年に発売された直後でした。

ベンチャー企業創業者としての経験が生々しく綴られている内容に当時は驚いた記憶があり、その後の若いベンチャー起業家にとって一種のバイブルのような存在になっていったように思います。

創業者である著者が社長を辞めると宣言したのは2023年であり、当初は2026年に社長交代の予定でしたが、1年前倒しして2025年11月に会長へと退いています。

私個人としては当時の社長交代宣言を意外に思いました。
なぜなら現在68歳でソフトバンクグループを率い続ける孫正義氏のような存在になってゆくと勝手に想像していたからです、

本書では著者が社長交代を決意した理由が明確に述べられています。
サイバーエージェントは若い社員を思い切って要職に起用する。それが組織の活気に繋がっているし、成長の原動力にもなっている。
なのに、その会社のトップがずっと変わらず、気がついたら60歳というのでは説得力がない。事業内容も若者向けが多く、社長の若さはイメージ的にも必要だ。

26歳で最年少上場社長になった立場を考えると、社内におけるその影響力の強さや自分への依存度の高さを容易に想像できますが、それらを俯瞰的して観察できているといえます。

藤田氏は創業者にありがちなワンマンタイプの社長ではなく、自らの経営者としての強みを「忍耐力」と答えていますが、実際には感情を表に出して怒鳴りたい場面が幾度となくありながらも、その度に自制を続けてきたエピソードがたびたび登場します。

彼は本書を一番読んで欲しいのは、これからもサイバーエージェントで働き続ける社員たちであると言っていますが、それを知って本書の執筆に時間をかけて内容を充実させようとした理由にも納得しました。

先ほど内容は完全にビジネス書であると紹介しましたが、藤田氏は多趣味なことでも知られており、麻雀、競馬、サッカー、映画鑑賞やヒップホップ、そしてお酒いずれにも造詣が深く、いずれもビジネス的に示唆に富む内容でありながらも、単純にエッセイとして楽しく読むことができる1冊です。

志ん朝の風流入門


著者の古今亭志ん朝といえば、昭和の名人として別格の存在である古今亭志ん生の息子であり、36人抜きという異例の抜擢人事での真打ち昇進、「ミスター落語」と評されるほどの完成された話芸、さらに立川談志が同世代に生きた落語家の中で唯一認めていた存在であり、とにかく落語の歴史を語る上で欠かせない噺家です。

唯一惜しむらくは、平成13年に63歳という若さで亡くなったことであり、ファンたちが円熟した名人芸を充分に楽しめる時間が短かったという点ではないでしょうか。

話は変わりますが、よく日本人は四季の移り変わりを愛でる心情があるといいます。
そしてタイトルにある風流とは、季節それぞれの風情を楽しむといった意味もあります。

つまり本書は志ん朝師匠が、落語ではなく風流という視点から四季を語った1冊になります。

作品の元となったのは昭和53年から7年間にわたりNHKラジオで放送された志ん朝自身が担当した「お好み邦楽選」であるといいますが、私自身はそのラジオを聴ける年代ではありませんでしたし、それどころか志ん朝師匠の高座を実際に見たことさえありません。

それでも残された音源や映像を通じて志ん朝師匠の落語は聴いたことはあります。

私自身はたまに落語を聴く程度には好きですが、噺家を評価できるほどの熱心なファンでないことを前提にすると、とにかく綺麗な江戸弁そして日本語を使い、初心者から通な人まで万人へお薦めできる噺家であるということです。

当時のファンからはまるで江戸へタイムスリップしたかのような感覚を与えてくれる名人だったという評価がありますが、本書を読むとそれが単純に話芸の巧みさだけではなく、江戸時代、もっといえば日本の歴史へ対する深い理解と知識に裏打ちされたものであることが分かります。

風流というと心情的なものと捉えがちですが、日本人は昔からそれらを言葉として表現する術を持っていました。

本書を読み進めてゆくと、風流を語る上での語彙は、現代人の方がはるかに乏しくなっていることを実感します。

志ん朝師匠が解説している風流を幾つか紹介してみたいと思います。

たとえば"初音(はつね)"とは、その年に初めて聞く音ではなく、ホトトギスとウグイスに限って、その年はじめての鳴き声を指した言葉であるということです。

そして"節分"とは季節と季節の区切りを指す言葉であり、つまり昔の節分行事は年に4回行われていたということです。

昔は"虫"という言葉は、コオロギやキリギリスに代表される秋の草むらに鳴く虫だけが対象だったこと、その中でもとくにカンタンとスズムシの鳴き声がもっとも美しいとされていました。

さらには昔から日本人がとくに愛してきた花は梅、桜、そして菊であったこと、そうした花々をどのように日本人は愛でていたのかについても細かく解説されています。

例を挙げてゆくとキリがありませんが、本書は決して風流に関する学術書ではありません。

先ほど説明した通り、本書はラジオ番組の台本が元になっているから全般的に口語調で書かれており、さらに所々に登場する志ん朝師匠の小噺が読者を和ませてくれます。

昔の日本人は天気予報など科学的に自然を観察する手段が少なかった分、五感を用いて繊細かつ敏感に自然を観察してきたことが良く分かります。

四季の移り変わりに本書を手にとって読んでいると、自然へ対する感受性が高まったような気がするのです。

成瀬は都を駆け抜ける


本書は、宮島未奈氏によるベストセラーシリーズ第1弾「成瀬は天下を取りにいく」、第2弾「成瀬は信じた道をいく」に続く第3弾となります。

個人的にまだまだ続いていくシリーズだと勝手に思い込んでいましたが、残念なことに著者によると本作で完結となるようです。

本書では前作に引き続き京都大学へ入学し、同校の1回生となった主人公・成瀬あかりを描いています。

本シリーズの魅力は前作までのレビューでも紹介しましたが、簡単に言えば主人公の人間的な魅力、そして作者が在住している地方都市・滋賀県大津市の魅力が融合している点です。

つねにに主人公の言動が三人称で書かれているのは1作目から共通しており、成瀬あかりの友人、知人、ときには親の視点から書かています。

一見すると他人の視点から見た彼女の言動は理解しがたい点が多々ありますが、主人公との会話やさまざまな経験を通じてその意図を知り、実際の行動力を見るにつれその魅力に惹かれてゆくのです。

主人公と同じ京都大学に合格してものの、失恋を経験し生きる意味を失いつつあった坪井さくら、達磨研究会という風変わりなサークルに入ることなった梅谷誠とそのメンバーたち、簿記試験に挑戦する様子を配信しているYoutuberのぼきののかなど、偶然成瀬と出会ったことにより影響を受けてゆく登場人物たちが本作には新たに登場します。

さらに後半になると地元ローカル局の番組に娘と一緒に出演することになった母親の美貴子、前作に引き続き登場する主人公へ密かに恋している奥手の西浦航一郎、さらに1作品目から登場している成瀬の幼馴染で一番の友人である島崎みゆきなど、シリーズ大団円に向けて今まで成瀬と知り合い影響を受けてきた人物たちが総動員という形で登場します。

成瀬自身には人間関係で不器用なところがあり、その場の空気や他人の気持ちを察することが苦手で、自分のやりたい事だけを真っ直ぐに追いかけるという側面があり、そこに彼女の魅力が内包されていました。

基本的に3作品目でも成瀬のスタイルは変わっていませんが、さまざまな人間と関わりを持つ中で、彼女の中にも他人の気持ちを理解しようとする成長が見て取れるようになります。

もちろん他人の気持ちを理解する能力は社会に出る上で必要であり、これは間違いなく成瀬にとって成長であり嬉しいと思う反面、個人的にはそれを突き抜けてこそ光っていた彼女の魅力が薄まってしまうような少し残念な気持ちもありました。

だからこそ誰よりも主人公と向き合い続けてきた作者が、この作品を完結編とした気持ちも理解できるような気もします。

結果として1作目の勢いを失うことなく、3作品目まで駆け抜けたシリーズであり、著者のこれからの新しい作品を楽しみに待ちたいと思います。

酔生夢死か、起死回生か。


本書は平成7年から12年(1995~2000年)にかけて行われた計6回にわたる阿川弘之氏と北杜夫氏の対談です。

2人とも昭和30年頃より活躍し始めた作家ですが、昔からお互いのエッセイなどに登場するとても仲の良い2人です。

ただし阿川氏は作家仲間から「瞬間湯わかし器」と呼ばれるほどの短気で知られており、一方で北氏は自ら躁うつ病であること公言しており、基本的にはうつ状態であることが多く大人しい性格です(ただし彼が躁状態になったときは誰も手が付けられないほど活動的になります)。

一見すると正反対の性格の2人が気の合う友人同士であったというのは興味深い点です。

2000年当時の対談では阿川氏が79歳、北氏が72歳と2人ともそれなりの高齢になっています。

実際の対談では誰が見ても年上の阿川氏の方がまだまだ健在といった感じで、年下の北氏の方は「早く死にたい」、「何とかして今年1年のうちに死にたいです」と弱音ばかりをこぼし、年上の阿川氏に励まされているような始末です(ちなみに阿川氏は95歳、北氏は84歳までご存命でした)。

若い頃から長年の付き合いがある2人だけに、対談の当初から最後まで冗談の飛び交う和やかな雰囲気で進んでゆきます。

対談の中で気付くのは、阿川氏は北氏の父親である斎藤茂吉を、北氏は阿川氏の先生である志賀直哉氏をそれぞれ尊敬し合っている点で、この辺りに2人の相性の良さの秘密があるかも知れません。

一方でこの頃すでに2人にとって共通して交流の深かった遠藤周作氏、三浦朱門氏らなど同時代に活躍した作家たちが何人か亡くなっており、その思い出を語り合うシーンなどは読者として楽しみながらも若干の切なさを感じたりします。

お二人の経歴やお互いの交流については、それぞの作品を通じてある程度は知っていましたが、対談を通じて紙面には書かれなかったその舞台裏などにも触れられており、興味深く読むことができました。

もちろん二人のことをよく知らない読者が読んでも楽しめる内容ですが、やはりある程度の作品を知ってから読む方がより楽しみが深まる1冊であることは間違いありません。

2人の老成した作家同士の対談というと堅苦しいイメージがありますが、そのような雰囲気はまったくなく、ユーモアを通じて旧交を温めるといった和やかな雰囲気で終始しているのが読者としては微笑ましく、ページをめくる手が止まらずに一気に読めてしまう1冊です。

先の先を読め


著者の樋口武男氏は、かつて大和ハウス工業の社長を務めた経営者です。

大和ハウスの「中興の祖」と言われた人物で、何冊かのビジネス書も執筆してます。

ただし本書は著者自身の経営哲学を語った本ではなく、副題に"複眼経営者「石橋信夫」という生き方"とある通り、ヤマトハウスの創業者で昭和の伝説的な経営者の1人である石橋信夫についてのエピソードが語られています。

週刊文春に約1年間連載したものを書籍化したものであり、1回あたり新書で4ページ弱の分量に石橋信夫のエピソードがコンパクトにまとめられています。

著者は1938年生まれで、約30年間にわたり石橋氏から薫陶を受けてきたと言います。

著者にとって石橋信夫という存在は、単に仕事上の上司や先輩といった範囲に留まらず、人生そのものの師であったと語っています。

石橋信夫は1921年(大正10年)に生まれていますが、本書で紹介されている創業までの経歴をかいつまんで説明すると次のようなものになります。

  • 戦中は満州で少尉として対戦車速射砲隊を指揮する
  • 1トンもの重量がある砲が直撃し脊髄損傷の大ケガを負う
  • 戦争が終わりシベリアに抑留され、帰国したのは1948年(昭和23年)
  • 戦後復興で木材が不足し、鉄パイプで家を建てる「パイプハウス」の普及を思いつき大和ハウスを創業する

そして現在の大和ハウスグループは、5兆4,348億円(2025年3月期連結決算)もの売上を誇り、国内ハウスメーカーとして首位に君臨している企業です。

今でこそ戦争を経験している経営者は皆無となってしまいましたが、創業当時の石橋は夜行列車をホテル代わりに、駅のベンチをベッド代わりにして22日間連続で旅回りの営業を続けたことがあるそうです。

政府が主導している「働き方改革」の基準から見れば完全に逸脱していますが、起業家として後世へ残る会社を興したいという人にとってハードワークは今も昔も必要な要素なのかも知れません。

著者自身も昭和のモーレツ社員を経験したはずの世代ですが、その本人か石橋氏を「鬼神のようなエネルギー」を持った人だったと評しています。

したがって本書はビジネス書ではあるものの、必然的にスマートな仕事術や時間術、最新の経営マネジメントとは縁遠い内容になっています。

一方で本書を時代遅れのビジネス書として無視してしまうのはもったない内容で、今の時代にも充分通用するような要素も多く含まています。

詳しい内容は本書を手にとってもらうとして、個人的に気になった記事のタイトルだけでも挙げてみたいと思います。

  • カンが先で理論は後
  • スピードこそ最大のサービスだ
  • アイデアは金では売るな
  • 商品は3年後には墓場へやれ
  • 矛盾があってこそ、会社は発展する
  • どの指を切っても、血が出る
  • 時流に棹さすなかれ

経営においてスピードが大切である点、つねに変化してゆくことの重要性、経営者の人間力が及ぼす影響力など今でも通じる内容だと思いますが、本補では具体的なエピソードや経験が語られているだけに説得力があります。

本書を読んで「戦争で何度も危機をくぐり抜けてきた世代は肚の据わり方が違う。自分にはとても真似できない」という感想を抱く人がいるかも知れませんが、よく読んでゆくと、一貫して合理的で綿密な計算や行動が会社を大きく成長させたことがよく分かるはずです。

ふぉん・しいほるとの娘(下)


吉村昭氏の代表的な長編小説である「ふぉん・しいほるとの娘」下巻のレビューです。

本作品の主人公は、名医と言われながらも日本から国外追放となったシーボルト、そして彼に見初められた丸山遊廓の遊女であったお滝との間に生まれたお稲(後年の楠本イネ)です。

物語は主人公の目線で描かれる場面と、幕末を取り巻く日本の状況を俯瞰的に描く場面とに分かれており、そこからは激動の時代に翻弄されながらも懸命に生き抜こうとする1人の女性の姿が鮮やかに浮かび上がってきます。

混血児として生まれたお稲は、日本における女性初の蘭方医(西洋医師)を目指すため13歳で親元の長崎を離れて、宇和島で医師としての修行を始めます。

彼女はシーボルトの弟子であった二宮敬作の元で学びます。

時折、酒乱の傾向はあるものの敬作はお稲にとってよき師匠であり、同時期に宇和島藩に招聘されていた村田蔵六(のちの大村益次郎)からも学問を学びます。

やがて敬作の勧めにより同じくシーボルトの弟子であった石井宗謙の元でも学ぶことを勧められます。

宗謙は産科を得意としており、お稲の目指す産科医にもっとも合致した人物であったからです。

1度長崎へ帰郷してから宗謙の住む岡山へ向かい修行を開始しますが、そこで悲劇が起こります。

それは先生であるはずの宗謙により強姦されるという形で子どもを身ごもってしまうのです。

女子を出産しながらも長崎で失意の底に沈んでいたお稲でしたが、周囲の励ましもあり彼女は改めて医師になることを目指すようになります。

彼女が遠回りをしながらも医師としての未来を着実に歩き始めた頃、幕末の混乱はますます大きくなり、ついに幕府は200年以上続いた日本の鎖国政策を廃止することを決定します。

そしてこの決定が1度は国へ外追放されたシーボルトとの30年ぶりの再会を実現することになります。

再会した実父からの紹介で来日していた医師・ポンペの元でも医学を学ぶことになり、彼女は産科医として確固たる実力を備えていきます。

とはいえ時代の流れはますます激しくなり、やがて幕府が倒れ、新しい明治時代が到来することになります。

かつては混血児として奇異な目を向けられていたお稲でしたが、彼女のひたむきな生き方、そしてシーボルトの娘という血統がプラスに働くようになり、伊達宗城福沢諭吉らの援助もあり、東京へ転居したお稲はそこで評判の産科医として忙しい日々を過ごすことになります。

お稲は明治36年に76歳で亡くなっていますが、時代を先駆けることの苦難、そしてのちには時代に取り残されてゆく寂しさが、激動の時代を背景に余すことなく描かれており、1人の女性の生涯がそのまま壮大な歴史物語にもなっています。

吉村昭氏にとって比較的初期の作品でありながらも、物語の着眼点や構想、そして綿密な描写など作家としての実力が充分に発揮されている作品です。

ふぉん・しいほるとの娘(上)


1823年、長崎の出島にオランダ籍の帆船が到着するところから物語が始まります。

この船には名医として名高いフォン・シーボルトが乗船しており、彼が日本の地を踏んだ時から壮大な物語が始まります。

長崎の丸山遊廓には、こうしたオランダ人たちを専門で相手をする"オランダ行き"と呼ばれる遊女たちがいました。

その1人である其扇(そのおおぎ)がシーボルトに見初められ、やがて1人の女子を出産することになり、彼女がタイトルにある主人公・お稲(楠本イネ)になります。

本書の前半部分はお稲が誕生するまでのいきさつ、つまり来日したシーボルトの活動やその周辺で起きたことを中心に物語が進行します。

シーボルトが名医であるという噂はまたたく間に広がり、蘭方医たちはこぞって彼の元へ教えを請いに訪れます。

そして彼らはシーボルトの診断と治療法、そして最新の医療器具を実際に見て感嘆します。

さらにシーボルトは動物学、植物学、地理にも通じており、27歳にして多くの生徒たちを抱えることになります。

来日した翌年には当時の外国人としては前例のない、出島の外に鳴滝塾という診療所を兼ねた私塾を構えることが許されます。

シーボルトが名医として長崎で多くの弟子を育てることだけに専念していれば、日本に貢献した恩人として後世へ伝わったでしょうが、彼にはオランダ政府から日本の国情を探るという密命を受けていました。つまり現代ではスパイということになります。

もちろん当時の鎖国政策によって未知の国であった日本への学者としての好奇心もありましたが、彼は一介の医者として生涯を終えるつもりはなく、熱心に時には生徒たちを巧みに使って情報収集に励みます。

彼の膨大な収集品の中には伊能忠敬の日本地図、江戸城本丸の図面、樺太測量図といった国防上の機密情報も含まれていたのです。

家庭の中では其扇(お滝)やお稲を溺愛する優しい父親としての一面があり、この裏表の顔が悲劇を招くことになるのです。

それがシーボルト事件であり、彼の収集した地図などが幕府に露見し、多くの関係者や蘭方医たちが処罰され、シーボルト自身も国外追放となります。

母娘(お滝・お稲)から見れば突然取り残された形となりますが、シーボルトは去り際に2人へ充分な資金を渡し、弟子たちへも2人をくれぐれも頼むと言い残します。

やがてお滝は俵屋時治郎と再婚し、母娘に平穏な時が訪れます。

外国との交易が盛んだった長崎では、西洋文化への理解が深く、またオランダ人との混血児も珍しくなかったといいますが、町から1歩外に出れば奇異の目で見られる時代でもありました。

成長するに従い、お稲も周囲の目や態度に気付くようになり、さらには再婚した母親が男児を出産してからは、より一層複雑な想いを抱くようになります。

物心つく前に父親と生き別れになったお稲でしたが、成長するに従い実父の意志を受け継いで自らも学問を身に付けて医者になることを志すようになります。

当時は女性の蘭方医はおろか女医自体が皆無の時代でしたが、義父の援助と理解もありかつてシーボルト弟子であった二宮敬作の住む宇和島へとわずか13歳で赴くことになるのです。

当時、交易を許可されていた清とオランダ以外の外国船が日本へ出没するようになり、激動の幕末が始まろうとする時代の中で1人の娘がたくましく生き抜いてゆこうという姿に圧倒されます。

上下巻で1200ページにも及ぶ吉村昭氏の作品の中でも1、2を争う長編作品であり、吉川英治文学賞を受賞した代表作でもあります。

そのまま大河ドラマになるような大きなスケールを持った作品であり、じっくりと腰を据えて読むことをお勧めしたい1冊です。

ひとりを愛し続ける本


軽快なユーモアでエッセイを綴ってゆく狐狸庵山人としてではなく、遠藤周作名義で書かれたエッセイ集です。

遠藤周作氏の晩年のエッセイは自らの境遇に重ね合わせた"老い"や""、"医療問題"など重いテーマを扱ったものが多いですが、本書は著者が還暦あたりに執筆した1冊であり、一言でそのテーマを表せば""ということになります。

たとえば本書では離婚を取り扱っていますが、夫婦間の愛情だけを問題にするよりも、離婚によって心が傷付いてしまう子どもの心情も考えて欲しいと提言しています。

ほかにもエッセイの中では以下のような話題を取り上げています。

  • 男と女の嫉妬心の原因とその対策
  • 女の怖ろしさ、そして人間誰もが心の奥底に持つ残忍さについての考察
  • 不倫を含めた恋愛と結婚の違いについての考察
  • 男と女の道徳観の違い
  • 著者が尊敬する女友だちのこと

続いて本書の後半に入ってゆくと、自らの半生を振り返るようなエッセイへと変わってゆきます。

軽井沢にある別荘で1人庭をじっっと見つめていると、多くの友人が集まって楽しい夜を過ごした思い出、子どもたと花火をしたりお化けごっこをして走り回った姿などが眼に浮かんでくる一方で、自分が老境へと差し掛かり、長かった今日までの過去にどういった意味があったのかを噛みしめるといいます。

そして人生の本当の意味を若い時から分かっていたとしたら、人生は生きていてもつまらないものになるとも語っています。

つまり人生の意味というもは、定年を迎えて仕事を引退し、子どもが無事に独立して家から巣立っていったときに始めて分かり始めてくるものなのかも知れません。

ただ本作品が発表されてから約40年が経過し、現在は定年が延長されたこともあり生涯現役を目指す人が増えてきたこと、晩婚や独身が珍しくないことを考えると、人生を振り返るタイミングは人によって違ってくる時代であるともいえます。

私自身も今のところ定年を迎えてから悠々自適の隠居生活を送れるようなイメージはまったく沸いてこないのが正直なところです。

もし遠藤周作氏が現在を生きていたら、ここに書かれたエッセイがどのような内容へと変わったのかは気になります。

いずれにしても、その目線はやさしいものであり、不安を抱えて生きる現代人たちへエールを送ってくれる内容であることは間違いないと思います。

新・空き家問題


著者の牧野知弘氏は長年にわたり不動産業界に携わり、現在は不動産事業プロデュースを手がけるオラガ総研の代表を務めています。

私が現在住む街は首都圏に位置することもあり、それほど空き家は見かけません。

一方で車で地方へ出かけたとき、とくに中山間地域では空き家を見かける機会がかなり増えました。

たまたま訪れた私でも空き家だと判断できるのは、家屋がかなり傷んでいる状態であったり、庭が荒れ放題になったりしている場合であり、手入れされている場合は空き家であると判断できません。

一方で都心へ目を向けると、1部屋1億円超えのタワーマンションが飛ぶように売れていると聞き、全国的に空き家問題が報じられる中で不動産投資が加熱しているという不思議な現象が起きています。

本書では空き家問題の基本的な知識、そして空き家が引き起こす問題、さらには空き家を生み出さないためのアドバイス、視点を広げて国や自治体の空き家問題への取り組みやその評価を幅広く行っています。

まず2024年時点で日本全国に空き家は900万戸あるといわれています。

とてつもない数字ですが、この数字には賃貸物件の空室、別荘なども含まれているため、実際には全体の約40%である385万戸が放置状態にある個人住宅空き家だそうです。

それでも大きな数字には違いなく、たとえば東京では"空き家率"は低いものの、母数となる住宅の数が大きいため"空き家数"で見ると圧倒的に全国ワースト1位になります。

23区内の世田谷区では2万3千戸もの個人住宅空き家が存在するという数字には驚きを感じました。

また空き家の半分以上はマンション空き住戸であり、外見からはまったく分からない場所にも空き家が多く存在することが分かります。

何かと問題になる空き家ですが、人口減が始まっている日本では空き家を賃貸にしたり、そもそも売却することが困難(老朽化した家屋の解体費が土地代を上回る)であることが多いようです。

著者は1つの選択肢として相続土地国庫帰属制度を利用するアドバイスもしています。

たしかに活用する予定もなく、売ることもできない土地の税金を払い続けるよりは、現実的な選択肢であるといえます。

ただしこうした対処ができるのは、相続人が存在する場合であり、そもそもおひとりさま世帯で相続人がいない場合は問題はもっと深刻になります。

これに対しても著者は遺贈をおすすめしています。

生前のうちからお世話になった人や団体や学校など有効利用してくれそうな相手へ遺贈する旨を遺言状へ記載しておくというもので、法定相続人がいない場合は(分与で揉めないため)かえってスムーズに進むとアドバイスしています。

また著者は2030年以降に空き家が加速度的に増えてくると警告しています。

統計的に(すでに配偶者を亡くした)高齢者単独世帯主が寿命を迎え、都心であっても次々と空き家が生み出される状況になるというものです。

しかも相続人が1人息子(娘)であった場合、都心であればあるほど高い相続税の支払いが出来ないため、それらが中古住宅として市場に出回るというもので、かなり説得力があります。

著者はこうした現象がタワーマンションを中心とした不動産投資ブームを終わらせると予測しています。

つまり大量の不動産が市場に出回り始めることで、価格が手頃になり、住宅の購入が35年ローンによる一世一代の買い物ではない時代が来るといいます。

本書の副題に"2030年に向けての大変化"とあり、著者が本書でもっとも伝えたかったことはまさしくここにあると思います。

私自身は分譲マンションに住んでいますが、これから住人の高齢化や修繕費の値上がりがあることは確実であり、将来この住まいが空き家にならないよう色々考えさせてくれる1冊になりました。

「最期は自宅で」30の逝き方


若い頃は「」というものを概念的に想像することはあっても、自分自身の死について具体的に考えたことがある人は少ないのではないでしょうか。

やがて中年に差しかかり、家庭を持つ人が出てきて子どもが成長し、両親が高齢になってくると「死」を具体的に考える機会が増えてくるはずです。

自分が何らかの病気で人生の最期を迎えるとき、無機質な病院の一室で点滴や人工呼吸器、心電図モニターに繋がれたまま1人で死んでゆくのを望む人はいないと思います。

出来ることなら自宅で家族に見守られながら最期を迎えることを望み、たとえ独り身であったとしても病院よりも自宅で最期を迎えたいと考える人は多いはずです。

現時点では健康体ではあるものの、こうしたことは元気なうちに考えておいた方が良いため、本書のタイトルだけを見て手にとってみることにしました。

本書の著者である高橋浩一氏は広島市の開業医であり、在宅緩和ケアを積極的に展開しています。

"在宅緩和ケア"とは病院ではなく、住み慣れた自宅で病気による身体や心の苦痛を和らげるケアを行いながら、自分らしい生活を送れるよう支援する医療サービスのことです。

実際には末期がんや老衰の患者が利用する場合が多く、本書はタイトルにある通り、著者が実際に在宅緩和ケアで担当した30例の最期を紹介したものとなります。

事例を見てゆくと80代、90代の事例が多いですが、中には60代の事例もあったりします。

ピンピンコロリ(最後は寝込まずにコロリと死ぬこと)を望む人は多いと思いますが、皮肉なことに医療の進歩によってネンネンコロリ(寝たきりの要介護状態を経たのちに死ぬこと)が増えているのが実情です。

この辺りは自分で決めるこは出来ませんが、本書では1年以上も在宅緩和ケアを続けた上で静かに最期を迎えた例も多く、必ずしも悲観する必要はありません。

大切なのは、早い段階で周りの家族を含めて在宅緩和ケアを望むことをはっきり意思表示しておくことです。

それは認知症が進んだ状態、言葉を発することが出来ない状態に陥ってからでは伝えることが難しいからです。

著者は在宅緩和ケアの患者へ対して、お菓子やアイス、またお酒であっても好きに口にしてよいとアドバイスしているようです。

たしかに病院では食欲がない中で入院食を食べる気にはなりませんし、飲酒は禁止されています。

好きなものを食べて飲むという行為は、自分らしく生きる上でもっとも基本的な部分だと思います。

漠然としか知らなかった在宅緩和ケアの実態を手軽な形で知ることができるのは"新書"の持つメリットであり、実際に2時間もあれば読み終わる分量でもあるため、多くの人に手にとって欲しい1冊です。

古今百馬鹿


本書は、遠藤周作こと狐狸庵山人が50代前半の頃に雑誌「オール讀物」で連載していたエッセイを書籍化したものです。

まずは本書の最後に書かれた短いあとがきを引用してみます。
「古今百馬鹿」は今より10年ほど前、つれづれなるままに、日ぐらし硯に向いてチビ筆なめつつ書きつらねた世にも人にも役にたたぬ原稿である。
したがって、読書によって徳をたかめ、知識を磨きたい青年男女にはこの本は何の益もなく、役にもたたざることを、あらかじめ、お断り申しあげる次第である。おわかりか。

柿生の里に庵結べる
世捨人 狐狸庵山人

遠藤周作といえば文学の王道のような重いテーマを扱った長編小説が特徴ですが、狐狸庵山人を名乗ったときには雰囲気がガラリと変わり、ユーモア溢れる軽快なエッセイを書くことで知られています。

遠藤氏と交友の深かった作家たちのエピソードを読む限り、その素顔はかなりのイタズラ好きで、ユーモアに溢れた人柄であったことが窺い知れます。

よって狐狸庵山人と名乗っているときの方が等身大の遠藤周作に近く、本人もそのバランスを取るために雅号(ペンネーム)を用いていたと容易に想像できます。

あとがきに著者自身が何の益もない本と名言していますが。そもそも実益を求めて読書をすることを悪いとは言いませんが、それ以上に私にとって読者は娯楽であり、もっと言えば自由であるべきだと思います。

私自身もスキルや知識を得る手助けとして読書をすることがありますが、やはりこうした場合の読書は楽しさが半減してしまいます。

ともかく「実用性のない本 = 読む価値のない駄本」とみなす意見には反対なのです。

エッセイとはいえ本書ほど肩の力が抜けた作品も珍しく、まさに"つれづれなるままに"書かれています。

日々の出来事、過去の体験談、友人とのエピソードなどエッセイとしは定番のものも多いですが、ときには自分が作った曲(歌詞)や俳句を披露したり、編集者へ対しての愚痴や延々と書くネタが無いとこぼしたり、かなり自由なスタイルで書かれています。

ちなみに著者は50歳そこそこで自らを世捨人であると称しています。
令和の時代から見るとかなり老成している印象を受けますが、本書が執筆された昭和40年代は50を過ぎれば本人や周りも初老という認識を持つ人が多かった時代なのだと思います。

50歳で老け込むには早すぎると思う一方で、大正生まれの人は50歳にもなれば人格的な奥行きや味わいが出てくる人が今の時代よりは多かったとも思うのです。

今の50代には書けない脱力系のエッセイが読みたい人は是非本書を手にとってみることをお勧めします。

さかさま世界史 怪物伝


前回紹介した寺山修司氏による「さかさま世界史」の第二弾です。

サブタイトルの「英雄伝」が「怪物伝」と変わっていますが、20人以上の偉人たちを次々と批評してゆくというスタイルは前作とまったく一緒です。

本書で登場する偉人たちは以下の通りです。

  • ラスプーチン
  • アラン
  • 写楽
  • サド侯爵
  • アンデルセン
  • ニュートン
  • 西鶴
  • ポオ
  • スウィフト
  • 馬琴
  • サン=テクジェペリ
  • マキャベリ
  • ヴィヨン
  • モーゼ
  • 魯迅
  • ガンジー
  • ヒットラー
  • クラウゼヴィッツ
  • ランボー
  • グリム兄弟
  • ネロ
  • 空海
  • ダーヴィン

寺山氏自身が歌人・作家として活躍していたこともあり、作家や詩人といったジャンルの偉人たちが比較的多く含まれている印象を受けます。

彼の批評で一環しているのは、偉人・天才と呼ばれた人たちも、彼らの生涯や作品を掘り下げてゆくと、そこに見えてくるのは市井の人たちと変わらない欠陥だらけの人間であるという点です。

一方で怪僧・ラスプーチン、独裁者・ヒトラー、暴君・ネロといった異名と共に語られることが多い人物へ対しては、別の視点を提供しています。

ラスプーチンへ対しては宮廷に棲み着いた一匹の豚としてではなく、革命の水先案内人としての視点を、ヒトラーへ対しては狂信的殺人者としてではなく、歴史の歯車に軍服ごと引きずり込まれた芸術青年という視点、ネロへ対しては母親殺しの皇帝としてではなく、市民に愛されることを望んだ若すぎた青年という視点を読者へ提供しています。

もちろん歴史の専門家ではない著者によって偉人たちの評価が180℃変わることはありませんが、本書に登場する偉人たちの姿を"逆さま"、あるいは"裏側"から見てみると今までとは違った姿が見えてくるのです。

寺山氏の手掛けたドラマの演劇の脚本は、まさしくこうした視点から生まれたものであり、彼のスタイルは多くの批判を受けつつも、多くの支持者をも獲得しています。

いずれにしても従来の価値観を1つ1つ取り上げては疑ってかかり、新しいものを作り上げようとする著者のエネルギーは凄まじいものがあり、本書からその一端を垣間見ることができます。

さかさま世界史 英雄伝


寺山修司氏が世界史に登場する偉人たちを縦横無尽に批評してゆく1冊です。

本書には20人以上の偉人が登場しますが、1人につき文庫本で10ページほどでテンポよく次々と批評しています。

  • コロンブス
  • ベートーベン
  • エジソン
  • イソップ
  • ガロア
  • シェークスピア
  • 二宮尊徳
  • ゲーテ
  • ダンテ
  • スタンダール
  • 毛沢東
  • カミュ
  • ニーチェ
  • 聖徳太子
  • カフカ
  • マルクス
  • 紫式部
  • セルバンテス
  • トロツキー
  • 孟子
  • キリスト
  • プラトン
  • リルケ

寺山修司といえば歌人や小説家としても有名ですが、何といってもラジオやTVドラマの脚本、そして演劇作家として知っている人が多いのではないでしょうか。

彼の特徴を1つ挙げるとすれば、「つねに批判的」であるという点です。

それは世の中で大多数が当たり前、もしくは良いとされている価値観へ対して、それを決して鵜呑みにはせず疑ってかかるという姿勢であり、世の中で悪いとされている物事へ対してもその姿勢は同様です。

またそれらの物事を批判するにあたり、評論家のような難解な言葉を用いず、時には土俗的で卑猥な表現を使いつつユーモアを交えつつ評論している点も寺山風といえるのではないでしょうか。

こうした姿勢は劇団・天井桟敷を主催し、アングラ演劇というジャンルを開拓してゆく実行力とも密接に関係してゆきます。

ここまで書けば分かると思いますが、本書に登場する誰もが知っているような偉人たちは、寺山氏の前で同様に料理されてゆくことになるのです。

ドイツの文豪ゲーテの作品に登場する恋愛に悩む主人公へ対して精神主義型自家発電と表現したり、聖徳太子を国家権力の元凶であり、今も高額紙幣として幅を利かせ続けていると断じてみたり、プラトンに至っては毛深いただの中年男であるソクラテスへラブレターを書き続けた男だと書かれています。

本書は偉人たちの伝記はないという点は注意であり、世間一般の評価から偉人たちを"さかさま"に見ることで寺山ワールドを楽しめる1冊なのです。

最高の体調


若い頃は仕事で徹夜をしたり、前日にハードな運動をしたり、または夜遅くまでお酒を飲んでいても1日しっかりと休めば体力が回復していた記憶があります。

一方で40歳を超えたあたりから徹夜をすると場合によっては1週間くらい体調や生活リズムが戻らないという経験が増えるようになりました。

これは極端な例ですが、日々の仕事の中でなんとなく体調が万全ではないと感じることがある人は多いのではないでしょうか。

また体調だけではなく、仕事や趣味へのモチベーションが下がるといった心理的な不調を感じることがあるかもしれません。

私も自分なりに疲れが溜まっていると感じたときは食事に気をつけたり睡眠時間を長めにとったり、また気分転換をしたりといった方法を取っていますが、本書はそんな症状へ対して最新の科学・医学研究の成果を元に統合的なアプローチを解説した本になります。

人類が二足歩行をはじめて600万年が経過していると言われています。

一方で人類が農耕を始め文明を形成し始めたのが約1万年前です。

つまり人類の進化は急激に変化した生活様式に対応できていない、言い換えれば現代人の心と体の不調の原因は「文明病」であると結論付けています。

これを本書では分かりやすく整理するため、古代より多すぎるもの、少なすぎるもの、存在しなかった新しいものという3つに分類しています。

多すぎる

  • 摂取カロリー
  • 精製穀物
  • アルコール
  • オメガ6脂肪酸
  • 塩分
  • 乳製品
  • 飽和脂肪酸
  • 満腹感
  • 食事のバリエーション
  • 人口密度
  • 衛生設備
  • 人生の価値観

少なすぎる

  • 有酸素運動
  • 筋肉を使う運動
  • 睡眠
  • 空腹感
  • ビタミン
  • ミネラル
  • 食物繊維
  • タンパク質
  • オメガ3脂肪酸
  • 自然との触れ合い
  • 有益なバクテリアとの接触
  • 太陽光の摂取量
  • 深い対人コミュニケーション
  • 他人への貢献

新しすぎる

  • 加工食品
  • トランス脂肪酸
  • 果糖ブドウ糖液糖
  • 公害
  • 人工照明
  • デジタルデバイス
  • インターネット
  • 慢性的なストレス
  • 化学物質
  • 重金属
  • 処方箋
  • 孤独
  • 仕事のプレッシャー

本書によれば私たちの生活様式を狩猟採集社会に戻すことができれば、現代人の抱える体や心の不調をすべて解決できるということになります。

しかし人類は1度享受した便利さを決して手放すことはなく、現実的な解決策とはいえません。

そこで冒頭にある通り、最新の科学・医学研究の成果を元に現実的な解決方法を提示しています。

たとえば食事や衛生面から体調を万全にするための実践ガイドは以下のようになります。

  • 抗生物質を無闇に使わない
  • 抗菌グッズや殺菌グッズの排除
  • 空気をきれいに保つ
  • 発酵食品を摂取する
  • 食物繊維を摂取する

本書の中では上記のような内容だけでなく、その理由と根拠、また具体的にどのような食品やサプリメントを摂取すべきかが細かく解説されています。

後半ではストレスへの対処方法、人生の満足度(幸福感)を高める方法など、精神面におけるコンディショニングを解説しています。

本書で言及されているのは広範囲に及ぶため、著者は自分が不調を感じている部分、または実践しやすい項目から始めてみることを勧めています。

もちろん人間は健康になるために生きているわけではありませんが、健康だからこそ人生の目的へ向かって進むことができるのも事実です。

コンディションを整えることを解説しているだけに広範囲な読書へ対して当てはまる1冊であり、興味が湧けばぜひ手にとって見てみることをお勧めします。

南蛮阿房列車


作家・内田百閒氏は熱心な鉄道ファン(乗り鉄)として知られていて、かつて「阿房列車」という鉄道旅行の紀行文シリーズで人気を博しました。

タイトルにある"阿房"とは始皇帝が建立した宮殿「阿房宮」が由来らしく、彼が鉄道旅行の際には金を惜しまずつねに1等車に乗るモットーであることから名付けられたようです。

それから四世紀半が経過し、内田氏も亡くなった頃に作家・阿川弘之氏が阿保列車シリーズの続編を執筆する決意をします。

それは阿部氏が自他ともに認める鉄道ファン(しかも内田氏と同じ乗り鉄)であり、本書のタイトルにある"南蛮"は日本を飛び出して世界を舞台にした鉄道旅であることから名付けたものです。

私自身が鉄道ファンというわけではありませんが、紀行文を読むのは好きなこともあり本書を手にとってみました。

本書で紹介される鉄道旅は"南蛮"と冠するに相応しく、イギリス&スコットランド、マダガスカル、タンザニア、アメリカ、カナダ、欧州各国、モロッコ、台湾と多岐に及びます。

旅の同行者として狐狸庵(遠藤周作氏)マンボウ(北杜夫氏)といった人たちが登場し、ファンにはお馴染みの愉快なメンバーで鉄道旅を楽しんでゆきます。

しかし本当の意味でこの旅を楽しんでいるのは、阿部氏だけかも知れません。

何故なら同行者は途中までは付き合うのですが、一昼夜にわたり鉄道に乗った挙げ句、飛行機に35分乗って出発地に戻ってくるなど、まさに鉄道に乗ることが手段ではなく目的となっている著者に途中から付き合いきれなくなるからです。

著者は列車に乗って居眠りばかりしている同行者たちをユーモアたっぷりに軽蔑していますが、さすがに私に読みながら同行者の方を同情してしまうほどです。

それでも車内の様子や車窓から見える景色、さらには列車やレール、駅などの描写を見ていると、本当に著者が鉄道好きなことが伝わってきて、読む分には不愉快さは微塵もなく、むしろ微笑ましさを感じます。

また旅の中で同行者や現地の人たちとのやり取りも面白く読むことができ、私の中では硬派な作家である阿部浩之氏の意外な一面を見た気がします。

とても著者のような旅を真似する気は起きませんが、旅を疑似体験で楽しむことができる紀行文の魅力を充分に備えている1冊であることは間違いありません。

本作品は続編も刊行されているようであり、本家(元祖)である内田百閒氏の「阿房列車」も併せていつか読んでみようと思います。

家康と権之丞


火坂雅志氏の歴史小説です。

タイトルを見たとき、家康は分かりますが"権之丞"は誰だろうと思いました。

家康には11人とも13人とも言われる息子たちがいました。

武田家に内通した疑いを持たれて切腹した長男・信康、2代将軍となる三男・秀忠九男・義直、十男・頼宣、十一男・頼房はそれぞれ徳川御三家(尾張、紀伊、水戸)の家祖となったことで有名です。

本書の主人公・権之丞は家康の七男として生まれ、旗本である小笠原広朝の養子として育てられたという説がある人物で歴史上では殆ど知られていない人物です。

権之丞は天主教(キリスト教)を信仰していましたが、よく知られている通り家康はキリスト教禁止令を命令します。

しかし権之丞は父・家康への反抗心もあり、改宗を拒んだために改易(領地没収)されることになります。

ところで権之丞の叔父である小笠原貞頼は、小笠原諸島の発見者と伝えられ現在使われている島名の由来にもなっています。

そこで権之丞はこの小笠原諸島に迫害されたキリシタンを移住させ、ノビスパニア(メキシコ)との交易で成り立つ独立国家を樹立するという目的に向かって動き始めます。

当然というべきか権之丞の言動は殆ど残されていませんが、そこを逆手にとって著者が自由な発想で物語を展開してゆくという点がこの作品の面白さでもあります。

養子として育った権之丞に実父・家康への愛情はまったくありませんが、一方でつねに家康を意識してしまうという葛藤、そしてその束縛か逃れるために自分なりの生き方を見つけて貫こうとする姿が描かれています。

ネタバレしないためにこれ以上あらすじには触れませんが、日本が戦乱に揺れる中、その日本を離れて新天地を切り開こうとする冒険的な試みは読者を引き込まずにはいません。

人間誰しも生まれ育つ環境を自分で選ぶことはできませんが、自らの意志、そしてそれに賛同する同士たちと力を合わせて運命を切り開こうとする主人公は魅力的です。

本書は600ページにも及ぶ長編小説ですが、作品中で描かれている時代はおもに1609~1614年という短い期間であり、それだけ密度の濃いストーリーが展開されます。

一方で歴史に精通している著者だけに、幕を閉じようとしている戦国時代の情勢やそこに登場する武将たちの心理もよく描かれており、それだけに時代の流れに抗おうとする権之丞の姿が鮮やかに浮かび上がってくるのです。