レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

箱男



かつて映画化もされた安部公房氏の話題作です。

タイトルにある「箱男」とは、段ボールを頭から腰まですっぽりと被り、雑踏の中や歩道橋の下、または公衆便所とガードレールの間など佇んでいる、つまり外見上は段ボールそのもので町の風景に溶け込んで暮らしている人たちのことを指します。

作品の世界で箱男たちは珍しい存在ではなく、全国各地に存在しているというかなり面白い設定が取り入れられています。

そうした作者の設定に現実味を持たせるために作品の冒頭では箱男が使用する""の作成方法が詳細に解説されています。

箱から外界を観察するための"覗き窓"の位置や大きさ、生活のための最低限の持ち物を収納するスペースの作り方などが解説されていますが、いずれにせよ1時間ほどで作成できてしまうシロモノです。

肝心のストーリーは、"ある箱男"の手記という形で始まります。

ただし読み進めてゆくと、手記は別の箱男Aの手記、さらには箱男になろうとしている"贋(にせ)箱男"の手記(供述書)、さらには一見箱男と関係のない少年Dの手記などへ移ったり、再び戻ってきたりを繰り返します。

また手記の内容は実際に起こった事実とこれから起こるであろう事柄を妄想として書いてある部分があり、また登場する複数の手記同士のつながりが不明瞭な部分もあり、頭の中でストーリーを1本の線で結ぼうとすると混乱する箇所が出てくると思います。

上記のほかにも作品中に挿入される新聞記事、カメラ好きの著者が自分で撮影したスナップと抽象的な解説などがあり、小説としてかなり実験的な試みが取り入れられています。

たとえば登場する手記に物語的な一貫性がなくとも、作品が扱うテーマへ対して因果的な関係があることが分かります。

それを分かりやすく表現すれば、他人との接触を避けて(文字通り)自分の箱の中に閉じこもって世間をひたすら観察しながら暮らすとは本質的にどういうことなのか、また(箱男に代表される)人から自分が見られるとは本質的に何を意味するのかを考えさせてくれる作品になっています。

たとえば何もかもが面倒になったり、煩わしい現実に疲れて部屋に1人きりで閉じこもりたい気分になったことがある人は多いはずであり、そうした心理的象徴の1つが箱男かも知れないと思ったりしました。

すると箱の中は狭いながらも安心できる自分だけのスペースであり、そこから他人に干渉されずに一方的に他人を観察しながら暮らし続ける箱男の心理が何となく理解できる気もします。

ストーリー全体は決して抽象的なものに終始するわけではなく、サスペンスドラマのような要素がかなり取り入れられて、決して読者を退屈させることはありません。

本作品を巡っては多くの評論家や文学者によってさまざまな視点から書評されていますが、まずは難しく考えず単純に小説を楽しむことを目的に読んでみることをお勧めします。