レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

遠い幻影


吉村昭氏の短編集で、300ページ弱の文庫本に14篇の作品が収められています。

  • 梅の蕾
  • 青い星
  • ジングベル
  • アルバム
  • 光る藻
  • 父親の旅
  • 尾行
  • 夾竹桃
  • 桜まつり
  • クルージング
  • 遠い幻影


今まで読んできた吉村昭氏の作品もかなりの数になってきたこともあり、上記のうち半数以上は自らの体験を元に幾らかの要素を付け足した、いわば"準私小説"のような作品であることが読んでいると分かります。

残りの作品は、僻地の診療所へ自ら志願して赴任したきた医師、囚人の脱走騒ぎを体験した刑務官、探偵のアルバイトをする学生など、さまざまな題材が扱われています。

吉村昭氏のおもな長編小説は、はじめは純文学、続いて第二次世界大戦を扱った戦史小説、そして江戸時から明治時代を扱った歴史小説へとテーマが変わっていきます。

それに比べて短編小説はその変化の遍歴が分かりにくい部分がありますが、それでも作風が確実に変わっていっていることが分かります。

著者はあとがきで次のように語っています。
竹は節があるから強靭なのであり、直立した地上茎は、細いのに高く伸びても折れることはない。
私が短編小説を書くのは、竹にとっての節に似た意味を持つからである。
竹の節のように、一定の時間の間隔をあけて短編小説を書く。苦しい仕事ではあるが、それを書かなければ、小説を書く私が、もろくも途中から折れてしまうような危惧をいだいている。

つまり長編小説でテーマが変わってゆく過程は、まずは短編小説がきっかけになっていると捉えることができます。

たとえば本書では1980年代に書いた私小説を、同じテーマや場面を扱いながらもあえて準私小説のような形で書き直しているような作品もあり、著者がさまざまな試みによって自らのスタイルを進化させようとしている姿勢が見てとれます。

この"進化するための努力"は、著者が言うように"苦しい仕事"でもあり、作家として確固たる地位を築き上げてのちも、その地位に甘んじることのないプロとしてのストイックさが作品からも充分に伝わってきます。

著者の徹底した取材や調査によって書かれた作品は、なるべく華美な装飾を避けるかのように抑制された表現で事実をそのまま記述し、それを綿密な構成でつなぎ合わせるようにして完成している印象を受けますが、そのバックボーンが本書に収録されている短編小説であると考えると、感慨深いものがあります。