家康と権之丞
火坂雅志氏の歴史小説です。
タイトルを見たとき、家康は分かりますが"権之丞"は誰だろうと思いました。
家康には11人とも13人とも言われる息子たちがいました。
武田家に内通した疑いを持たれて切腹した長男・信康、2代将軍となる三男・秀忠、九男・義直、十男・頼宣、十一男・頼房はそれぞれ徳川御三家(尾張、紀伊、水戸)の家祖となったことで有名です。
本書の主人公・権之丞は家康の七男として生まれ、旗本である小笠原広朝の養子として育てられたという説がある人物で歴史上では殆ど知られていない人物です。
権之丞は天主教(キリスト教)を信仰していましたが、よく知られている通り家康はキリスト教禁止令を命令します。
しかし権之丞は父・家康への反抗心もあり、改宗を拒んだために改易(領地没収)されることになります。
ところで権之丞の叔父である小笠原貞頼は、小笠原諸島の発見者と伝えられ現在使われている島名の由来にもなっています。
そこで権之丞はこの小笠原諸島に迫害されたキリシタンを移住させ、ノビスパニア(メキシコ)との交易で成り立つ独立国家を樹立するという目的に向かって動き始めます。
当然というべきか権之丞の言動は殆ど残されていませんが、そこを逆手にとって著者が自由な発想で物語を展開してゆくという点がこの作品の面白さでもあります。
養子として育った権之丞に実父・家康への愛情はまったくありませんが、一方でつねに家康を意識してしまうという葛藤、そしてその束縛か逃れるために自分なりの生き方を見つけて貫こうとする姿が描かれています。
ネタバレしないためにこれ以上あらすじには触れませんが、日本が戦乱に揺れる中、その日本を離れて新天地を切り開こうとする冒険的な試みは読者を引き込まずにはいません。
人間誰しも生まれ育つ環境を自分で選ぶことはできませんが、自らの意志、そしてそれに賛同する同士たちと力を合わせて運命を切り開こうとする主人公は魅力的です。
本書は600ページにも及ぶ長編小説ですが、作品中で描かれている時代はおもに1609~1614年という短い期間であり、それだけ密度の濃いストーリーが展開されます。
一方で歴史に精通している著者だけに、幕を閉じようとしている戦国時代の情勢やそこに登場する武将たちの心理もよく描かれており、それだけに時代の流れに抗おうとする権之丞の姿が鮮やかに浮かび上がってくるのです。
