新麻雀放浪記
タイトルから分かる通り阿佐田哲也氏による大ヒットシリーズ「麻雀放浪記」の続編です。
正直に言えば続編が存在することすら知りませんでしたが、古本屋で偶然目にして迷わず手に取った1冊です。
前シリーズは戦後間もない混沌としたバラック街の奥深くで開かれている賭場、個性的な"博打打ち"、そして"バイニン(麻雀玄人)"たちとの勝負といったアウトローな雰囲気が魅力的な作品でした。
それでもシリーズ終盤となる昭和30年頃になると、日本が戦後から復興しつつある反面、日陰に生きる博打打ちたちが次々と姿を消してゆく哀しさも描かれていました。
著者自身をモデルにした主人公・坊や哲も博打の世界から足を洗い、十数年が経過した時点から物語が始まります。
生来の博打打ちが会社員となってそれなりに充実した日々を送っている訳もなく、かなり冴えない状況にいます。
私はすっかり中年男になって、腹がふくれ、禿げあがり、途方もなく長い時間眠るようになっていた。
もう誰も、坊や哲、などとは呼ばない。
それどころか、昔、骨と皮だけになって打ちまくっていた頃の写真を見せても、それがこの私とは誰も信じない。
実際の生活は、定職を持たず、妻子もつくらず年老いた両親の住む生家に転がり込みといったいわばニート状態です。
所持金もなく、タバコ1箱を万引きするといったつまらない理由で留置所へ放り込まれてしまいます。
落ちるところまで落ちたという感じですが、その留置所の中で同じく万引きで捕まっていた1人の学生と出会うことが大きな転機となってゆきます。
本書の副題は"申年生まれのフレンズ"とあり、作品の舞台が昭和50年前後であることを考えると、この学生は1956年生まれということになります。
主人公は学生に"ヒヨッ子"というあだ名を付けます。
やがて水商売をしている同じくらいの若い女性花枝とも出会い、主人公はいわば彼らの"博打の師匠"という形で、日本各地、さらに海外を舞台に物語が展開してゆきます。
戦後の混沌とした世界の中で命を的に"博打打ち"として生きてきた坊や哲、そして彼がその世界から足を洗う頃に生まれてきたヒヨッ子、花枝とは親子ほどの年齢差があります。
博打打ちたちは麻雀などで一時的にコンビを組むことはあっても、本質的には一匹狼として生きてゆくものです。
息つく間もない殺伐とした勝負の場面が描かれている一方で、それを誰よりも知っている坊や哲が彼らに博打を指南してゆく姿は前作にはない雰囲気です。
やがて勝負勘を取り戻してきた坊や哲が、マカオのカジノで大勝負に挑むという場面が作品のクライマックスになってゆきます。
読み終わって思うのは、どんな舞台であれ阿佐田哲也氏の描くギャンブルの世界は抜群に面白いと改めて実感したことです。
そしてその面白さは今ではとても公言できない著者自身の経験に裏打ちされているのは間違いないと同時に、著者のような経歴を持つ作家が今後誕生するような余地がないことを考えると寂しさも感じるのです。
