陸軍士官学校の人間学
アサヒビール名誉顧問"中條高徳氏"による1冊です。
戦後GHQの方針によりビール市場において圧倒的なシェアを持っていた大日本麦酒は、1949年にアサヒビールとサッポロビールに分割されます。
更にはキリンビールの躍進、サントリーの参入によりアサヒビールはシェアを更に下げ、1980年にはシェアが10%以下になる危機的な状況に陥ります。
しかしラガービール(簡単にいえば熱処理したビール)が主力の業界へ対し、アサヒビールが乾坤一擲の生ビールを市場へ投入します(もっとも有名なのがスーパードライです)。
味は良いが、高いろ過技術、そして難しい品質管理が要求される生ビールに社運を賭けたアサヒビールは、やがてビール業界トップに返り咲きます。
当時は寡占化が進んだ市場において、「シェア10%以下の企業が逆転できる見込みは"0(ゼロ)である」というのがマーケーティングの常識であり、ハーバード大学においても1980年当時の日本のビール業界がケース・スタディとして用いられるほどの状況でした。
この逆境を跳ね返すアサヒビールの中心で活躍した著者が、その経営の秘訣を明かしています。
それはタイトルから想像が付く通り、その真髄を"兵法"にあると説明しています。
著者は太平洋戦争中に陸軍士官学校へ入学し、そこで終戦を迎えています。
陸士学校は当時の最高峰の秀才を集めた青年将校を育成するエリート学校でした。
その学校でテキストとして使用された「統帥網領(とうすいこうりょう)」、「作戦要務令」、そして兵法の古典である「孫氏」を主に引用して本書は進められていきます。
兵法は国家の非常時、つまり国家存亡の危機を生き抜くために編み出された知識や知恵の結集であり、それは企業においても当てはまるという考えは受け入れ易く、著者の丁寧な解説もあり兵法に興味の無い人でも容易に理解することができる内容になっています。
現代は兵器や情報手段の発達により、高度で精密な戦略が組み立てられる時代になっています。
しかしながらそれを用いるのが人間である以上、本能に根ざす感情を巧みに利用する兵法は現代においても有効と言えます。
一方で本書書かれている内容とは対照的に、太平洋戦争における作戦は酷かったと言わざるを得ません。
どの兵法書でも重要視されている兵站(補給)は徹底的に軽視され、戦力を劣勢を挽回すべく計画された奇襲作戦はどれも稚拙なものが目立ちました。
つまり兵法は学ぶことではなく、実践にこそ意義があるものと言えます。