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これからの「正義」の話をしよう

これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

ハーバード大学
の政治哲学の講義を1冊の本にしたものです。
つまり著者のマイケル・サンデルは同大学の教授でもあります。

日本でもベストセラーになりましたが、それは哲学という"専門的"、"難解"といったイメージを払拭することに成功したからではないでしょうか。
しかもそれが世界でも屈指の名門校"ハーバード大学"で講義された内容とあれば尚更です。

本書のテーマはタイトルにもある通り、ズバリ"正義"です。
言うまでもなく抽象的な言葉ですが、本書では"正義"そのものを定義付け、そして"正義"を体現する政治(国)を論じる壮大なテーマです。

よく宗教と哲学の違いについて論じられることがあります。
宗教はそれを信じる者にとって"真理ありき"なのに対し、哲学は(心理的なものを含め)世の中の様々な事象を解析して"真理の原則"を見出そうとするものです。

ただし高名な哲学者が敬虔な信者であるケースも多く、両者の区別を簡単に切り離すことが出来ないのも事実です。

本書の特徴は哲学を考えるにあって具体的なケースを挙げてゆく点です。
それは実際の出来事であったり、問題を分り易く整理するために架空の出来事であったりしますが、読者が"正義"というテーマと向き合い考えさせられる内容になっています。

例えば本書では下記のケースを挙げています。


・暴走する路面電車(ケース1)
あなたがブレーキの壊れた疾走する暴走電車の運転士だったとしよう。
前方に5人の作業員が工具を手に線路へ立っている。一方で右側へと逸れる待避線が目に入るが、そこにも1人の作業員がいる。もし路面電車を待避線へ向ければ1人の作業員は死ぬが、5人の作業員は助かる。。。。

・暴走する路面電車(ケース2)
今度はあなたは運転士ではなく傍観者で、線路を見下ろす橋の上に立っている(今回は回待避はない)。
同じく路線上をブレーキの壊れた路面電車が暴走してくる。
前方には5人の作業員がいて大惨事は免れない状況だ。
しかしふと隣を見ると、この出来事にまったく気付いていないとても太った男がいる。あなたはその男を橋から突き落として、疾走してくる電車の行く手を阻むことができる(あなたは自分で飛び降りることも考えるが、小柄過ぎて電車を止められないことが分かっているとする)。その男は死ぬだろう。だが5人の作業員は助かる。。。


これは架空の例ですが、多くの命を救うことが正義だとすれば、<ケース1>では待避線に電車を侵入させる、<ケース2>では男を橋から突き落とすのが正義ということになります。

しかし<ケース2>では、殆どの人が道徳的な疑問を抱き、躊躇するのではないでしょうか?
そしてその理由は何でしょうか・・・?


「人によって考え方が違うのは当然であり、世の中に絶対的な正義など存在しない」
こう発言する人の気持ちも分かりますが、果たしてその人は"正義"について真剣に考えたことがあるのでしょうか?


生まれた家庭環境、地域、国、人種、性別の違い。
そして信じる宗教、学歴、経験してきたことの違いなど・・・・。

本書はこうした多く違いを目の前にしてさえも、これらを超越して皆が同意できる"正義"を探求する価値があると示唆しています。


本書は分量が相当あり、1つ1つの文章を骨格のように組み上げて精巧な建物を完成させるような構成になっています。よって体系的に本書の内容を理解するためには、大学の講義のようにノートを取りながら読む必要があるかも知れません。