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西郷と大久保



タイトルの「西郷と大久保」とは言うまでもなく、維新三傑にも数えられる薩摩藩出身の西郷隆盛大久保利通のことです。

この2人は同じ町内で生まれ幼少期から親友という間柄で育ち、のちに同志として二人三脚で明治維新を実現させ、やがて西南戦争で敵味方に分かれて戦うことになるという運命をたどります。

著者の海音寺潮五郎氏は生前次のように語っていたようです。

「わたくしは、1901年(明治34年)に薩摩の山村に生まれました。先祖代々の薩摩人です。明治34年と申せば、西南戦争から24年目です。今日、支那事変や大東亜戦争に兵士として戦った人が多数いるように、当時の薩摩には西南戦争に出たおじさん達が多数いました。ですから、その頃の薩摩の少年らは、その人々から西南戦争の話を聞き、西郷の話を聞いて育ちました。聞かされても、そう感銘を受けない人もいたでしょうが、わたくしは最も強烈深刻な感銘を受け続けつづけたようです。」

つまり著者が育った環境を考えると、作家としてこの2人を取り上げた作品を書くのは必然的だったように思えます。

まず頭角を表すのは、薩摩藩主・島津斉彬の小姓(庭方役)として直接教えを受けた西郷であり、当時から最も聡明な大名と言われた斉彬に感化され、その手足のようになって働くことになります。

それだけに斉彬が急死を遂げたときには誰よりも悲しみ、国父(幼い藩主の父親)として実験を握った久光とは、生涯に渡って不仲だったようです。

そして斉彬との面識はなかったものの、その西郷から影響を受けて頭角を現したのが大久保です。

作品中には2人の性格が書かれる箇所が何度か登場します。

その表現はさまざまですが、西郷はものに動じない沈着さがあるのと同時に感情豊かな表情を持ち、勇気や決断する場合の凄まじさ、さらに誠実・潔癖なほどの心術といった一種の英雄的な気質がありました。

一方の大久保は、つねに正しく現実を把握する冷静さを持ち、そこから理論構築のプロセス経て具体的なステップを1つ1つ進めてゆく実行力に優れ、こちらは軍師タイプの気質があったといえるでしょう。

この2人の能力が息の合った両輪のように回転することで、明治維新において薩摩藩が主導的な役割を果たした原動力になったのです。

同時にこの2人は、私情を捨てて命がけで物事に望む強靭な意志力を持っているという共通点もあり、これが2人の間に方向性の相違が生じたときに悲劇的な結末を迎えさせた要因にもなっています。

本書は、西郷と彼が神のごとく尊敬する斉彬との出会いから寺田屋事件、そして西郷が2度目の流刑から帰還するまでの出来事が詳細に書かれていますが、そこから新政府(明治政府)が発足するまでの4年余りの年月が紙面の関係か、または著者の判断によるものなのか省略されおり、朝鮮との外交方針を巡って西南戦争へ至る一連の流れへと場面が移り変わってしまう点が少し残念です。

それでも文庫本で500ページ以上もある読み応えのある長編となっており、歴史をさまざまな角度から眺めることの面白さや奥深さを改めて実感できる1冊であるといえます。