南海の龍 若き吉宗
本書は徳川吉宗が第八代将軍となるまでの若き日々を描いた作品です。
著者の津本陽氏は和歌山出身であり、自身にとって吉宗は地元の偉人でもあります。
吉宗は和歌山藩主・徳川光貞の四男として生まれます。
御三家の1つである紀州徳川家とはいえ四男であること、母親が身分の低い側室であったことから、吉宗は将軍職はおろか和歌山藩の家督を継ぐ可能性さえ低い立場でした。
通常であれば部屋住み、いわゆる居候として肩身の狭い一生を送るのが通常だったようです。
吉宗自身もはじめから自身が藩主やまして将軍になるとは思っていなかったはずですが、生活に苦しむ百姓の暮らしを観察するうちに密かに大望を抱くようになります。
さらに吉宗は病弱だった兄たちとは違い、幼少期から聡明で武芸にも秀でた一面があり、吉宗の将来に期待して有能な家臣団(石川門太夫、加納久通、服部忠左衛門、大畑才蔵など)が集まるようになります。
しかし当然のように嫡子である長兄や次兄を擁する家臣たちから敵対視され、藩内ではいわゆる主流派ではありまでんした。
歴史の記録上では、吉宗が藩主や将軍に昇り詰めることになるのは、単なる幸運(継承順位の高い人たちの相次ぐ病死)ということになっていますが、本作品では裏で吉宗の家臣団が一致団結して、彼を押し上げるべく活動したことが大きな要因であるという筋書きになっており、ときには暗殺という手段さえ用いています。
もちろん彼らがそうした活動を報告することはありませんが、聡明な吉宗は雰囲気でそれとなく察しているという描写がされています。
はじめは吉宗の伝記的な歴史小説だと思い読み始めましたが、実際には藩内で吉宗派閥がライバルである兄たち(綱教、頼職)と権力闘争を繰り広げる場面にクライマックスが置かれており、立身出世をテーマにした時代小説的な楽しみ方をすることもできます。
また津本陽氏が得意とする真剣勝負の場面が少ないのは残念ですが、隠れ目付で伊賀忍者を率いる石川門太夫が隠密活動で活躍する描写は新鮮であり、剣豪小説とは違った魅力で読者を楽しませてくれます。