レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

阿寒に果つ



渡辺淳一氏初期の作品であると同時に、私小説的な性格を持った作品です。

作品の冒頭で当時18歳だった1人の天才画家と評された少女が遺体として発見される場面から物語が始まります。

1952年4月13日。
20年前のこの日、純子は雪の中から現れた。
場所は針葉樹林の切れた釧北峠の一角で、その位置からは裸の樹間を通して阿寒湖を見下ろせた。

そして純子を知る6人が当時を振り返る形で、順番にその思い出を語る形で作品は進行します。

  • 第一章 若き作家の章
  • 第ニ章 ある画家の章
  • 第三章 ある若き記者の章
  • 第四章 ある医師の章
  • 第五章 あるカメラマンの章
  • 第六章 蘭子の章
  • 終章

第一章にある"若き作家"とは著者自身であり、当時の純子との出会いから別れを淡い青春の思い出として振り返ります。
そして第ニ章以降は、著者自身が当時の関係者を訪れ純子との思い出を取材するという形をとっています。

愛くるしい見た目と溢れる才能、そして何よりも不思議な多面性を持った彼女に当時の男たちは夢中になり、やがて真相も分からないまま永遠に目の前から姿を消してしまうのです。

社会的に未成年といえば人生経験が浅いと見なされますが、成熟した大人にはない若さ溢れるエネルギー、そして鋭い感受性が文学には相応しい気がします。

高校の同級生であり恋心を抱いていた異性が18歳にして突然自らの生命を断ったという経験は、当時の渡辺氏にとって20年を経過してもなお心に深い記憶を残し続け、作家活動において大きな影響をもたらしたに違いありません。

つまりのちに多くの作品を残すことになった作家・渡辺淳一の原点ともいうべき経験でもあり、その根底にあるエッセンスが本作品には濃縮されているのです。