富士山の謎と奇談
著者の遠藤秀男氏は、富士宮市に生まれ地元で教師をしながら富士山研究を続けてきた"郷土の歴史家"ともいえる方です。
本書は、富士山にまつわる著者の研究成果を新書という形で幅広く紹介している1冊で、静岡新聞社から出版されています。
まずは"富士山"命名の謎を歴史書から紐解いてゆき、特に富士山信仰についてはページを割いて解説しています。
富士山信仰は私の想像以上に盛んであり、富士山を祀った浅間神社(せんげんじんじゃ)が東海・関東地方を中心に1316社も現存していることには驚きです。
加えて過酷な自然条件にある富士山において約800年前の経文が発掘されたこと、今だに富士山から新しい発掘品が見つかるなど、長い信仰の歴史を感じさせます。
ちなみに19世紀のはじめ頃までは山頂付近に多数の仏像が立ち並んでいたらしく、これら仏像に1人ずつ人間が付き添っており拝観料として銭を八文ずつとっていたという記録も残っているようです。
こうして江戸時代に全盛期を迎えた富士山信仰ですが、明治政府による廃仏毀釈によって山中の仏像や仏具がことごとく破壊されて谷に捨て去られたことによって急速に衰えてゆきます。
このときに多くの歴史的価値のある遺産が失われてしまったという点は残念です。
昔から日本人を魅了し続けてきた富士山は、時代によって形や姿を変えながら、神道から仏教、それから派生したさまざまな信仰に影響を与え続けてきました。
ちなみに登山者が富士山山頂から朝日を拝む行為は、江戸時代から人気のあったイベントであり、御来光や御来迎(ごらいごう)は形を変えて現在でも脈々と受け継がれています。
私自身、富士山への登山を経験したことがありませんが、本書で紹介されているような歴史的背景を頭の片隅に入れておくと、登山がより一層味わい深いものになることは間違いありません。