馬賊戦記〈上〉―小日向白朗 蘇るヒーロー
以前より読んでみたいと思っていた作品、馬賊小説の金字塔ともいえる作品です。
主人公は、満州の歴史に詳しい人なら1度は聞いたことのある日本人馬賊として有名な"小日向白朗"です。
馬賊の首領を"攬把(らんぱ)"といいますが、特に大きな勢力を誇る馬賊の首領を"大攬把"と呼び、更に複数の大攬把を束ねている人物を"総攬把"と呼びます。
広い満州においても"総攬把"と呼ばれるほどの人物は数人しかいませんでしたが、白朗は日本人でありながら、馬賊の奴隷の身分から総攬把にまで出世した数奇な運命を辿った人物です(ちなみに「中原の虹」の主人公"張作霖"も総攬把の1人です)。
日清戦争、日露戦争に勝利した日本は、大正時代には近代国家として国際的に認められる存在になっています。
しかし中国大陸では、清の崩壊後に各地で軍閥が台頭し、やがて国共内戦へと発展してゆく混乱の時期にあり、特に満州は日本やロシアの直接的な干渉もあって、より混沌とした地域でした。
そんな中国へ単身で渡り、数々の困難を乗り越えてゆく快男児"小日向白朗"の活躍は痛快であり、読者を飽きさせません。
馬賊と一口に言っても単なる"ならず者"の集まりではなく、武力で住民の利益を守る"自警団"といった性格が強い集団です。
本書でも書かれているように、略奪を繰り返して焚き火を囲んで肉を食らうような山賊のイメージとはほど遠いものです。
馬賊といえば住民からはヒーローのように憧れられ、尊敬すらされる存在でした。
こう考えると馬賊として勇敢で腕っ節の強さ、銃や馬の扱いに長けているというのは当たり前で、攬把として成功するにはさらに"仁侠"が求められます。
これは人間としての器量の大きさやが伴わなければ実践するのは難しく、時には他人のために自分の命を諦めなければならないくらいにシビアなものです。
がむしゃらに突き進む白朗もやがて敗北を味わい、千山にある道場"無量観"の大長老"葛月潭老師"に匿ってもらうことになります。
しかし転んでもタダで起きないのが白朗です。
千山での拳法修行を経て、やがて葛月潭老師より「尚旭東(しゃんしゅいとん)」の名と破魔の銃「小白竜(しょうぱいろん)」を授けられ、満州各地で匪賊と化した凶悪な攬把を1対1の対決で葬ってゆく姿は、ヒーローの名に相応しいものです。
とにかく大正から昭和初期の混沌とした満州の魅力を凝縮したかのような小説であることは間違いありません。