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「その日暮らし」の人類学

「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済 (光文社新書)

本書によれば(先進国を含む)私たち日本人は、フォーマルな経済圏で生活しているということになります。

ここでいうフォーマルとは、GDPなど政府統計に含まれる経済活動であることを意味し、市場競争の中で無駄を削ぎ落とし効率性を高め、最大の成果を追求し続けることが正しい価値観とされています。

一方でそこで働く人びとは、明日のため未来のために今を犠牲にすることを強いられている側面があります。分かり易く表現すれば、金銭的なゆとりを得るために時間的なゆとりを犠牲にしていると言えます。

私自身は社会人としてそこまで息苦しさを覚えている訳ではありませんが、多くの人たちがそうであるように住宅ローンや子どもの教育資金、老後の生活資金といったものと無縁ではいられないのも事実です。

そして世界中には政府の雇用に載らない、零細な自営業や日雇い労働に従事する人々が属するインフォーマル経済というものが存在します。

今までは就労貧困層として軽視されていた経済圏ですが、そこには世界中で18億人もの人々が属し、その経済規模は18兆円に達すると言われています。

膨大な人びとが所属するインフォーマル経済圏の規模が巨大であることが判明するにつれ、主流派経済(フォーマル経済)にとって無視できない存在となっているのです。

本書では、著者の小川さやか氏が人類学の視点からインフォーマル経済の実態を解き明かすとともに、彼らの生き方を"Living for Today(今を生きる)"をキーワードに探ってゆくというテーマで書かれています。

インフォーマルというだけあって単純に零細であるだけでなく、そこにはコピー品や模造品が堂々と流通しています。
彼らはこうした行為が社会的に違法であることは知っていても、道義的な違法性はまったく感じていません。

そこにはフォーマル経済で生活する人びとは違った理論、文化が存在するのです。

著者はインフォーマル経済を研究するためにタンザニアに赴き、そこで暮らす人びとに密着取材やインタビューを行っています。

彼らは流行の商品、デザインを敏感に察知し、資本を集中したり組織化することなく個人単位で参入してゆきます。
やがてその市場が飽和状態になると、また新しい商売を模索し始めるのです。

そこで何よりも注目すべきは経済的に貧しく将来の計画や補償も持たない人びとの暮らしが悲観的ではなく、前向きであるという点です。

日本ではブラック企業に代表されるように、本来であれば雇用や収入を保証してくれるはずの企業が不当に労働力を詐取するといった問題が取り上げられています。

安心と引き換えに将来が簡単に予測できてしまう生き方を選ぶか、不安的な未来のなかに生きる活力を見い出す人生を選ぶのかということになりますが、そこまで極端に捉える必要はなく、私たちの価値観・生き方を見つめ直すという点では良いきっかけを与えてくれる1冊です。