木曽義仲 (読みなおす日本史)
原本は下出積與(しもでせきよ)氏の執筆で1966年に人物往来社から刊行されていますが、2016年に吉川弘文館から「読み直す日本史シリーズ」として再刊行されました。
すでに出版社が無くなり、入手困難になった良書を再発刊してくれるのは一読者の立場としてありがたいですが、社会的にも意義のある取り組みではないでしょうか。
源平時代(平家物語)の悲劇のヒーローといえば源義経が有名ですが、一方で本書で取り上げられている木曽義仲にスポットが当たる機会は少ないのではないでしょうか。
義仲は信州木曽谷における旗揚げ後、瞬く間に横田河原の戦いで勝利し越後を占領、そして倶利伽羅峠の戦い、篠原の戦いで立て続けに平家の大軍(討伐軍)を撃破し、源氏勢力の中では北陸道からいち早く上洛に成功した武将です。
さらに鎌倉幕府を開くことになる源頼朝とは従兄弟の関係であり、源氏(つまり武士)の棟梁たる資格を持つ八幡太郎義家の直系でもあったのです。
本書では軍功、血筋ともに申し分なかった義仲がなぜ天下を制することができなかったのかを、その経歴を追いながら著者なりの見解で解説しています。
一族間の争いによって2歳の頃に父親を殺され、孤児として木曽の中原兼遠によって育てられますが、そんな義仲を著者は"自然児"と評しています。
また木曾四天王、女傑として有名な巴御前をはじめとした苦楽を共にする仲間にも恵まれます。
つまり彼は自然児だけに武人としては優秀であり、彼の配下にいる武将も頼朝陣営と比べても決して劣っていませんでした。
一方で義仲に足りなかったものは何か?
それを著者は、側近に"有能な政治顧問がいなかった"ことを挙げています。
たとえ義仲自身に教養が足りなかったとしても、側近として上洛した後の政治工作や人心収攬、外交政策を助言する人物に恵まれなかったのです。
一方で頼朝は軍人というよりも完全に政治家タイプの人物であり、京で大胆な行動に出る義仲を横目に、自らは着々と関東で地盤を固め世論を味方にする政治工作を続け、武将としての仕事は義経をはじめとした部下に殆ど任せていたと言ってもよいくらいです。
対立関係に陥った朝廷を徹底的に制裁し、旭将軍(征夷大将軍)となった義仲を著者は次のように哀れみとともに評しています。
ここにいたるまでの義仲の行動は、見た目にはいかにも滑稽である。まるで、喜劇の中の人物のようだ。しかしその実、この滑稽さの裡には、自然児義仲の深い悲しみがかくされているのである。
寿永ニ年の後半に、京洛でひろげられた人間喜劇は、まさに深刻な悲劇であった。誰に義仲の振舞を笑う資格があるであろうか。
本書は歴史書でありながらも著者の木曽義仲へ対する思い入れが読者へ伝わってくる内容であり、読み終わった時の感慨深さが歴史小説のようでもあります。