レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

天地人 (上)



2009年に同名の大河ドラマ「天地人」の原作になった火坂雅志氏による直江兼続を主人公とした歴史小説です。

直江兼続は多くの歴史小説に登場しますが、私個人は大河ドラマを見ておらず本作品を手に取るのも今回が初めてです。

上杉景勝、直江兼続の2人は、6歳の頃より雪深い越後上田庄(現在の南魚沼市)で主従関係であると同時に幼馴染として育ちました。

やがて御館の乱で勝利し、謙信の後継者となった景勝は、兼続を家老に任命するとともに間もなく単独執政体制として彼に上杉家の舵取りを一任します。

景勝は兼続の意見を退けることなくすべてを任せ続け、兼続は上杉家を私物化することなく景勝の忠実な家臣であり続けたのです。

この2人の主従関係は他の戦国大名には類を見ないユニークなものです。

たとえば信長は家臣を自分の道具として役に立つかどうかで判断する人物であり、秀吉や家康にも信頼する家臣はいましたが、特定の家臣にすべてを委ねるようなことはしませんでした。

大名として家臣にすべてを任せるだけでなく、たまには自分の意見を押し通したい場面も出てくるのが普通ですし、絶対的な権力を与えられている家臣の立場であれば、自分の能力を過信して主人をないがしろにする場面があってもおかしくありません。

ともかく決して切れない太い綱で結ばれたかのような2人の絆は生涯にわたって続くことになります。

ちなみに性格も正反対であり、景勝は寡黙で内向的な性格であり、兼続は弁が立ち他者とも積極に交わる外交的な性格だったというのも面白い点です。

2人が戦国時代の中で上杉家が生き残るために手本としたのが、先代の謙信です。

しかし2人には、自らを毘沙門天の生まれ変わりだと信じ、周囲の大名から"軍神"として恐れられた謙信のような戦の才能はありませんでした。

そこで2人がお手本にはしたのは、謙信が大切にした「」という理念であり、本作品では次のように解説されています。
義とは、儒学でいうところの仁義礼智忠信、いわゆる五常のうちのひとつである。
すなわち、私利私欲を捨て、人との信義を大切にし、公の心をもって事に当たるということにほかならない。

そして謙信は次のような言葉を残しています。
「依怙によって弓箭(きゅうせん)は取らぬ。筋目をもってどこにでも合力いたす」

つまり自身の好き嫌いで戦はせず、道理が通っているのであればどこにでも駆けつけて力を貸すというものであり、誰もが利を求めて戦を繰り広げている戦国時代において、その行動指針もユニークさが際立ちます。

それは私利私欲のため権謀術数を張り巡らせて世の中を渡るよりも、正しい考えに基づいて行動すれば大きく道を誤ることはない、もし万が一それによって上杉家が滅亡することになっても天下へ対してやましい気持ちや悔いが残ることはないという考えがあるような気がします。

ともかく本作品は、名コンビが戦乱の世を渡りぬいてゆく大スケールでダイナミックな物語なのです。