新三河物語(中)
大久保一族の視点から家康の生涯を描いた「新三河物語」の中巻です。
上巻では義元の死によって今川家から独立し、さらに一向一揆を鎮圧して西三河を版図に加えるまでの過程が描かれていました。
本巻では、いよいよ万全の体勢で東三河、さらには遠江へ進出する過程、南下してきた武田信玄との激突、さらには最大の同盟国であり庇護者でもあった織田信長が本能寺に斃れるまでが描かれています。
精強で知られる三河武士ですが、戦国最強クラスの武力を誇った武田家との戦いでは質・量ともに劣勢に立たされますが、ここで得た経験は家康を大きく成長させたと言えます。
それは家康に仕える家臣たちにとっても同じであり、信玄と相手に敗れたとはいえ正面から戦いを挑んだ徳川家は周りから嘲笑されるどころか一目置かれるようになります。
この中巻での山場は、三方ヶ原の戦いで信玄に敗北を喫した家康が、長篠の戦いで信玄の後を継いだ勝頼へ対して大勝利を収める場面です。
この戦いで大久保忠世・忠佐兄弟は馬防柵の外に出て、柵の無い部分へ回り込もうとした敵の主力・山県昌景と渡り合い、信長が見惚れるような戦いを繰り広げます。
ともかくこの戦いによって家康は武田の兵が敗走する背中をはじめて見ることになるのです。
これによって家康は三河、遠江に加えて駿河、甲斐を手に入れ大大名の地位を確立します。
さらに続く信州への進出には、大久保忠世が任せられることになるのです。
ところで本作品は今どきの歴史小説の中ではかなり硬派であり、随所に著者のこだわりが垣間見られます。
巻頭には家康が活動した地域の地図と城の所在が記されており、さらには大久保一族の詳細な家系図も掲載されています。
家系図には30人以上の大久保家の武将が紹介されており、諱(いみな)と通称の両方が記されています。
当時は名前を諱(本名)で呼ぶことはなく、通称で呼ぶことが一般的であり、作品中でも文脈によって忠世は七郎右衛門、忠佐は治右衛門、忠教は平助として書かれることが多く、馴れるまでは家系図と作品を往復しながら読まないと登場人物が頭に入ってこないため、すこし大変です。
歴史小説初心者にとってはすこし敷居が高い作品ですが、逆に言えば戦国時代の雰囲気に没頭して読むことができる作品であるといえます。