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引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

自壊する帝国

自壊する帝国 (新潮文庫)

前作「国家の罠」では鈴木宗男氏らと共に官僚としてロシア外交に携わった日々、そして背任容疑で逮捕され拘置所での取り調べの過程を克明に描いた作品ですが、本書はその続編ともいえるものです。

ただし続編とはいってもテーマは大きく異なり、著者が1987年にロシアに赴任してから1991年12月25日にゴルバチョフが大統領を辞任し、ソ連が崩壊するまでのロシアの内幕を中心とした作品です。

外交官としてソ連の体制派、反体制派の双方に太い人脈のパイプを築いていった過程を回想していますが、その交友範囲は広く、政治的指導者に留まらず、学者や宗教家、反体制側の活動家にまで及んでいます。

ただし本書には収集した情報をどのように分析し、外交に活かしたかについては殆ど触れらていませんが、そこで出会った人々の性格、そして考え方などを冷静に観察しようとする姿勢が感じられます。

ソ連の領土は広大であり、社会主義(マルクス・レーニン主義)というイデオロギーが様々な文化、民族、宗教を飲み込んだ国家であるために、日本では考えられないくらいに多様な人々が暮らしています。


その中枢ともいえるのがクレムリンにあるソ連共産党であり、広い国土と比べて極めて閉鎖的な空間に政治的指導者たちが集中しています。しかも指導者たちの中には早くからソ連の崩壊を予測している人も存在し、決して熱心な社会主義信奉者とは限りません。


にも関わらず、冷戦時代にはアメリカと双璧をなす軍事大国であり、ソ連の国内情勢の帰趨は全世界に大きな影響を与えるものでした。


そんな閉ざされた組織へ対し、佐藤氏は懸命にロシア人の根底に根ざす考え方を理解しようとします。

ロシアはアルコール依存症の人の割合が世界一という統計があるように、ロシア人は酒を飲みながら人相見をし、素面のときと酔ったときで言うことがブレないかを観察しているそうです。

佐藤氏はロシア人と(徹底的かつ何度も)ウオトカ(ウォッカ)を飲み交わしてゆくうちに、情報提供者という枠組みを超えて友情を培い、やがてソ連という帝国の深層部へ迫ってゆくことになります。

その過程でソ連より独立を果たしたリトアニア政府より独立に貢献した外国人60人の中の1人として勲章を授与された例は、象徴的であるといえます。


佐藤氏の著書を読んで感じるのは、優れた外交官は優れたジャーナリストになり得るということです。
本書は回想録や体験記としてだけではなく、ロシアという国を理解する上でも極めて重要な作品であるといえます。