蛍の航跡: 軍医たちの黙示録
太平洋戦争、日中戦争に従軍した軍医たちの手記を小説家した軍医たちの黙示録シリーズの2冊目の作品です。
1作目の「蝿の帝国」は、15人の軍医の体験を書かれていましたが、今回もまったく同じスタイル(15作品)で構成されています。
「前作と代わり映えのしない続編か?」と言われるとその通りなのですが、逆に前作とまったく同じスタイルで執筆し続けた著者の帚木蓬生氏の執念、そして責任感を感じる1冊です。
箒木氏は医師という職業の傍らで作家としても活動していることで知られていますが、著者の恩人である中尾弘之氏から引き継いだ大きなダンボール箱一杯の資料が本書を執筆するきっかけになったようです。
やはり前回の感想と重複する部分がありますが、兵士たちの任務は敵を倒すことであり、軍医のそれは味方を救うという性質を持っています。
一方で、彼らにとってもっとも脅威だったのは敵の弾丸ではなく、とくに太平洋の島々で戦った南方方面で最大の敵となったのは病魔と飢餓でした。
そして補給を絶たれ食料も医薬品も尽きている状況下で、万全の治療など望むべくもなくものでした。
マラリア、デング熱、アメーバ赤痢、腸チフスなどにかかった兵士たちに薬品どころか、必要最小限の栄養さえ与えることが出来ない中で、体力を消耗しきった人間からどんどん脱落してゆくのです。
病にかかった兵士たちの予後は次のようなものだったと言われています。
<立つことのできる者、三十日。身を起こして坐れる者、三週間。寝たきり起きられぬ者、一週間。寝たきり小便する者、三日間。返事をしなくなった者、二日。まばたきしなくなった者、明日。>それでも軍医や看護師、衛生兵たちは懸命の看病を試みますが、太平洋戦争も末期になると手の施しようのない、以下のような光景が本書の中に幾度となく登場します。
深いジャングルの山道は急坂であり、前を行く兵士の尻を目の前にして黙々と登る。あたりには戦病兵の屍体が散乱しており、強烈な屍臭がする。中にはまだ息をしている兵もいるのに、耳、鼻、口に蛆がうごめいている。患者たちにとっては、この付近の山は地獄の針の山同然だったのだ。骨と皮ばかりになった彼らはやっと麓まで辿り着き、そして最後の力をふりしぼりながらこの坂道を登る途中で力尽きていた。
ただしどの短編集もけっして凄惨なものばかりではなく、戦友との絆、戦場となった国の現地人たちの交流といった心温まるエピソードもあり、さまざまな角度から軍医たちの体験を収めた本シリーズは、一流の戦争文学であることは間違いありません。