震災裁判傍聴記
本書の副題には"~3.11で罪を犯したバカヤローたち~"とあり、東日本大震災につけこんだ犯罪の裁判、つまり"震災裁判"の傍聴記録をまとめた1冊です。
著者の長嶺超輝(ながみね・まさき)氏は以前から足繁く法定へ通い、数多くの裁判を傍聴してきた経験があります。
以前本ブログでも紹介した長嶺氏の著書「裁判官の爆笑お言葉集 」はベストセラーにもなっています。
本書の冒頭に以下のように書かれています。
今回の一連の法定取材では、とても厳しい表現による非難が、繰り返し聞かれました。
それは「人間として、絶対にやってはいけない罪」、あるいは「人として許されない犯行」といった、極めて強烈な非難の言葉です。
~中略~~
もちろん、窃盗や詐欺も厳しく非難されるべき犯罪ではありますが、「人間として絶対にやってはいけない」などという最大限の厳しい非難は、殺人犯の裁判ですら滅多に聞かれません。
これは多くの命が失われ、家財や家族を失った被災者たちがお互いに助け合わなければならない時に「火事場ドロボー」、「人の善意につけこむ」という卑劣な犯罪行為に走ったというところに理由があることは容易に想像できます。
少々長いですが、本書で紹介されている震災裁判を紹介します。
- CASE1:石巻ニセ医者ボランティア
- CASE2:「被災地まで帰りたい」詐欺
- CASE3:学校を狙う発電機窃盗団
- CASE4:警備員による金庫荒らし
- CASE5:飲料水買い占めパニック便乗詐欺
- CASE6:親指一つで騙した義捐金詐欺
- CASE7:被災地コンビニのATM窃盗
- CASE8:放射能パニック便乗商法
- CASE9:職を失った被災者を狙う就職あっせん詐欺
- CASE10:被災住宅への侵入盗
- CASE11:役所を騙す被災者偽装
- CASE12:もう1つの「ニセ医者」事件
- CASE13:避難所で強制わいせつ
- CASE14:復興予算と贈収賄
- CASE15:原発職員が犯した詐欺行為
- CASE16:原発警戒区域内で窃盗
- CASE17:通行書偽造によるペット救出作戦
- CASE18:津波被災した兄弟の虚偽申請
著者が指摘しているように、本書を読む意義は大きく3つの意義があると思います。
1つめはメディアが大々的に報道したように、前代未聞の大震災であったにも関わらず、日本人の秩序を重んじる精神、高い倫理観によって被災地の混乱が最小限であったことを世界中のメディアが賞賛したというニュースの裏側にある真実を知ることです。
もちろん"まったくの嘘"ではありませんが、本書から分かる通り、確実に被災地では犯罪は発生していたのです。
日本中が重苦しい雰囲気に包まれる中では緊急性の高い情報、そして明るいニュースが優先され、被災地における犯罪が報道される機会が極めて少なかったのが事実ですが、それでも我々は"知られざる現実"を直面して後世に活かす必要があるのです。
本書で紹介されている犯罪では、当事者の他に傍聴しているのは著者1人といった裁判もあったようであり、こうした意味で本書の役割は少なくありません。
2つめは我々自身もこうした犯罪に無縁であるとは断言できないことです。
しかもそれは"被害者"としてではなく、"加害者"という意味を含んでいます。
大部分の人間は、「災害によって失われた治安のどさくさに紛れて犯罪に走るような卑劣な行為は絶対にしない」と思うでしょうし、私自身もそうでした。
たとえば私自身が被災者してすべての家財を失う境遇になった時、周りに誰もいないシチュエーションで持主不明の金庫が口を開けて横たわっていたとしたら、、、金庫でなくとも泥まみれになった現金入りの財布を目の前にしたとしたら。。。
これを自分のものにしたら立派な横領罪、場合によっては窃盗罪になりますが、本書を読み進めるにつれ、それでも自分は絶対に罪を犯さないと断言できる自信が弱くなってきたのも事実です。
つまり我々は他人の行為に対しては厳しい批判を加えがちですが、自分自身の道徳心を今一度見つめ直す必要性を問いかけてくれるのです。
最後3つめは、未曾有の自然災害である東日本大震災において、どのような犯罪が起きたのかを知ることは、自分自身や家族を守ることにもつながるという点です。
誰にとっても自然災害から無縁ではなく、本書の伝える内容は単なる裁判傍聴記ではないのです。