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春は鉄までが匂った

春は鉄までが匂った (ちくま文庫)

1978年~1979年にかけて連載された大田区の町工場を舞台にしたルポルタージュです。

今から約40年前に発表された作品ですが、有名なルポ作品のため今でも文庫本として手軽に入手することができます。

大田区にはかつて全盛期に9,000以上の町工場がありましたが、今では半分以下にまで減少しています。

人件費の安い海外への生産拠点移転、機械のオートメーション化、後継者不足、ほかにも理由は挙げられますが、今から40年前の下町工場にあっても現在とまったく同じ問題に直面していました。

町工場で働く職人、時代の変化に対応しようと最新の機械を導入する工場、資金繰りが悪化し倒産する工場など、本書では当時の町工場の風景がそのまま収録されています。

「風呂に入って、そこいらで一杯ひっかけて、赤線に行って、チョイノマで、六百円もあれば足りたものだ」
「わたしたちのような業者にとって、仕事を切られるってことほど怖いことはない。自分の首を切られるようりも怖いものですよ。正直な話、何度首を吊ろうと思ったか」
「この工場って、優しい顔をしていれば際限なく仕事を押しつけてくるんだな」

こうした職人たちの声だけでなく、技術的な側面にも多く触れられているのが本書の特徴です。

「それにしても、四十年間、鋸の刃とつき合ってきたけど、鋸の刃ってのは変わらないなあ」
「超鋼バイトで削るのは、切るのでなくて、割るのだってことを知るだけでも、ためになるよ」

なぜこれだけの生々しい職人たちの風景をルポルタージュに収められたのかといえば、著者の小関智弘氏自身が"二十八年の町工場暮らし"をしている旋盤工、つまり現役の職人の1人だったからです。

そこに収められているのは取材によるものだけではなく、職場仲間や著者自身の言葉や思いでもあるのです。

本書を執筆する1年前に著者が勤めていた町工場が廃業したため失業し、新しい就職先の町工場で当時最先端だった数値制御で動くNC旋盤を45歳にして習い始める場面から本書は始まります。

自身が現在進行系で町工場で働く境遇の中で書かれた本ルポルタージュは、タイトル通りまさしく"鉄までが匂った"風景を後世へ伝え続ける名作なのです。