兵士を追え
自衛隊の海外派遣、そして日本国憲法第9条の解釈や改正といった政治問題がマスコミに取り上げられる機会は多いですが、当事者である自衛隊員たちにスポットが当たることは滅多にありません。
自衛隊は24万人もの人間が所属する巨大な組織であり、企業でいえば国内でこれだけの従業員を抱える組織はありません。
また核兵器こそ保有していませんが、世界的に他国の軍隊と較べてもその装備は強力かつ最新鋭な部類に入ります。
著者の杉山隆男氏は、長年に渡り自衛隊の取材を続けそれを「兵士シリーズ」として発表していますが、本書はその第三弾です。
今までも過酷な訓練に励むレンジャー部隊、24時間体制で領空侵犯してくるロシアや中国の戦闘機を監視するレーダーサイト、マッハ2.5という究極の条件下で戦闘機F15を操るパイロットたちの現場を精力的に取材しています。
今回は海上自衛隊の潜水艦、そして哨戒機部隊に潜入取材を試みています。
日本が保有する16隻の潜水艦は、昼夜を問わず日本を取り囲む海の中で人目につくことなく警戒監視を続けています。
その潜水艦が何時どこを航行しているのかは秘密のベールに包まれ、乗組員の家族はもちろん、潜水艦の艦長たちでさえお互いの潜水艦がどこで任務に就いているのかを知ることはありません。唯一、潜水艦隊司令部のみがそれを把握しているのです。
隊員たちもその任務の内容を家族にさえ話すことが禁じられているため、一旦潜水艦に乗り込むと1週間か2週間、または1ヶ月以上に及ぶ航海であるのかは漠然としか知りません。
もちろん海中で電話やインターネットが通じる訳もなく、乗組員たちは鉄の密室の中で運命共同体として任務に当たるのです。
鉄の壁を隔てた外側は人間の生存を許さない深海であり、太陽の光の届かない完全な暗闇に覆われた世界です。
著者はそんな潜水艦の中に乗り込み取材を続ける中で、限られたスペースで生活する隊員、敵艦に察知されないよう物音1つ立てることの許されない厳戒態勢下での緊張感、何より1つのミスが乗組員全員の死と直結してしまう究極の環境下で任務をこなす隊員たちの日常は我々のそれと大きく異なる世界であることを実感してゆきます。
それでも任務が終わり陸上に戻った隊員たちの日常は、妻子を持つ普通の父親であったり、路上でダンスパフォーマンスに熱中する今どきの若者であったりするのです。
自衛隊という組織の巨大さを考えれば彼らの任務は決して特殊なものではなく、日本の領海、そして領空の安全を日々監視する仕事に就いている人たちなのです。
つまり我々と変わらない普通の日本人であり、それだけに彼らの日常や素顔を紹介する自衛隊ルポルタージュは多くのことを読者に教えてくれるのです。