生物と無生物のあいだ
生物学者・福岡伸一氏によるサイエンス・エッセーです。
著者は分子生物学を専門にしており、DNA研究、またかつて話題になったiPS細胞の研究なども分子生物学の範囲に含まれているようです。
当然、そうしたニュースを耳にする私たちもDNAの中に遺伝子情報が格納されていること、iPS細胞からさまざま組織や臓器を作り出せる可能性があることを知っています。
一方で専門外の私たちが、こうした断片的な情報を体系的に知るためにわざわざ専門書を手にして読む気もなかなか起きません。
本書は分子生物学の歩み、そして(執筆時点における)最新の研究成果を一般人向けに教養知識として与えてくれる1冊です。
本書にはもちろん専門用語も登場しますが、著者はそれを分かりやすい例えで表現してくれます。
しかもただ例えるだけでなく、どことなく文学的な描写で読者の興味を引き寄せます。
幾つか印象に残る表現がありましたが、その一例を引用してみます。
静かすぎるボストンにおける私のミッションは、新種の"蝶"を採集することに似ていた。
~中略~
大げさないい方を許していただくとすれば、そして私たちが採集しようとした小さな小さな、そして色のないジグソーパズルのピースを、極彩色のアゲハチョウと比べる不遜さを今だけ見過ごしていただくとすれば、新しい未知のタンパク質を捉えようとしていた当時の私たちの内部に沸き起こっていた感覚は、ボルネオやニューギニアの密林を踏破した採集者たちの興奮と同等のものだったのである。
さらに著者自身が体験した最先端研究の現場における研究所やポスドク間の厳しい競争、かつて大発見に近づきながらも日の目を見ることなく消えていった先人研究者たちの悲哀が綴られています。
生物の本質へと迫る研究は、時に生命の冒涜、神への不遜な挑戦と非難されることもありますが、それでも著者の生命へ対する敬虔の念を失わない姿勢が読了感を爽やかなものにしてくれています。