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歴史の舞台―文明のさまざま


本書は司馬遼太郎氏のエッセイ集ですが、大きく2つのパートに別れています。

前半は昭和52年の天山山脈周辺(今の新疆ウイグル自治区)への取材旅行を元にした紀行文になっています。
そして後半は週刊誌へ掲載された個別のエッセイが掲載されています。

中国を舞台とした歴史小説をよく読みますが、紀元前の春秋戦国時代より周辺の蛮族たちがしばしば襲撃してくる記載があります。

そうした蛮族たちの侵入を防ぐために始皇帝が築いた"万里の長城"は有名ですが、それ以前にも戦国七雄の1つとして北方にあったもかなり大規模な長城を築いています。

つまり長城の内側が中国史であり、その外側は蛮族たちが住む未開の地という印象を受けてしまいます。

さらに後世へ下ってゆくと、金、明、清といった王朝はすべて長城の外から侵入してきた民族が建てた国家であり、中国人(漢民族)側から見れば異民族に支配され続けた歴史だったといえるでしょう。

そもそも古代から北狄、西戎と侮蔑され、そして恐れられてきた蛮族たちですが、彼らの正体は広大な草原地帯で暮らしている遊牧民(=騎馬民族)です。

遊牧は古代ギリシアの歴史家ヘロドトスも記録に残したイラン系のスキタイ人によって始められたとされ、その移動手段として欠かせない騎馬の技術や道具も発明しています。

やがてそれが東方に伝わり、中央・北アジア一帯に遊牧文化が根付いたとされます。

これは広大な地域と多数の民族が入り混じった世界規模の歴史ですが、彼らの殆どが文字で歴史を残すという習性を持たなかったため、草原を舞台に歴史は分かりずらいものになっています。

著者もそうした記録だけでは追えない現地の雰囲気を肌で感じるために取材旅行に訪れたのだと思います。

実際、新疆ウイグル自治区は「民俗の博物館」と言われるほど多くの民族を見かけるそうです。

つまりコーカソイド (いわゆる白人)からモンゴロイド、あるいはその中間(混血?)にあたる人たちが昔から同じ町で暮らしているのです。

著者は歴史小説家という職業柄、どこを訪れても常に現在だけを見るのではなく、過去とのつながりの中で人びとと交流し観察する習性を持っています。

そのため本書を読んでゆくと、草原を舞台に歴史を歩んできた人びとへ対する共感が生れるとともに、今まで馴染みの薄かった中央アジアの歴史、つまり中国史からは蛮族とされてきた人びとを身近に感じるようになります。

乾いた草原とどこまでも広がる青い空、そして遙か遠くに雪を抱く山々を背景に馬で駈けてゆく遊牧民たち。

それは紀元前から大差ない風景が今でも生き続けている地域でもあるのです。

近代化された国土に住む日本人にとって憧れの風景であるとともに、なぜか懐かさしを感じる人も多いのではないでしょうか。

後半に収録されているエッセイも中国や朝鮮、そして中東を題材にした国際色豊かなテーマが多く選ばれており、前半の紀行文と関連性を持った編集がなされている点でまとまりがあり好感を持てます。