オリンピア1936 ナチスの森で
1936年、ナチス政権下のベルリンで行われたオリンピックを題材にした沢木耕太郎氏によるノンフィクションです。
本書は1998年に出版されていますが、その時点でもベルリンオリンピックが開催されて60年が経過しており、この大会をフィルムに収め「オリンピア」という二部作の映画を監督したレニ・リーフェンシュタールが90歳過ぎという高齢ながら現役で創作活動を続けていたため、著者がドイツを訪れ彼女へインタビューを試みる場面から始まります。
のちに第二次世界大戦を引き起こすことになるヒトラーが開会宣言を行い、51カ国から4000人の選手が参加しました。
日本選手団もオリンピックに参加しましたが、まだ交通手段としての航空機は整備されておらず、船で大陸に渡りシベリア鉄道ではるばるユーラシア大陸を横断してドイツへ向かいました。
さまざまな角度から当時のオリンピックを紹介していますが、何と言っても印象に残るのは、期待に応えメダルを獲得した勝者たち、また逆に期待に応えられずメダルを逃した敗者たちにそれぞれスポットを当てて紹介している点です。
オリンピックの建前はアマチュアスポーツであり、勝敗そのものよりも参加することに意義があるとされていますが、当時から熱狂的な国民たちの応援を背負う選手たちは相当なプレッシャーにさらされていたのです。
また本書で面白いのは「素朴な参加者」という章が設けられている点です。
当時の日本では陸上と水泳が強く、逆に言えばそれ以外の競技にはほとんど注目が行きませんでした。
そんな中でホッケーやサッカー、バスケットボールといった当時の日本ではまだマイナーだった競技にも日本人選手が参加していました。
テレビ普及前でラジオ中継と新聞の紙面でしか大会の様子が伝えられなかった時代だけに多くの国民がルールさえ知らない競技に関心を持つのは無理もないことでしたが、逆にこうした競技に参加した選手たちはプレッシャーとは無縁でメダルには届かなかったものの、のびのびとプレーして奮闘したようです。
また新聞、ラジオ局各社が遠く離れたベルリンから競技を中継する様子、いち早く新聞に掲載する写真を日本へ届けるために奮闘する姿も紹介されています。
私が生まれる前に開催された東京オリンピックは当時の映像が残っておりテレビで紹介されることも多く、大会に出場した選手やそれを観戦した人たちも多くいるので、何となく当時の雰囲気を知ることができます。
一方で、冒頭のレニがオリンピックの様子を収めたフィルムが現存するほぼ唯一の映像であり、さまざまな角度から紹介されるベルリンオリンピックは遠い過去のようでありながらも新鮮に感じられます。
さらには、そこに描かれたアスリートたちの姿も現在と比べて思ったよりも違いがなく、スポーツの本質、またオリンピックといった巨大な舞台装置について色々と考えさせられました。
この大会に参加した日本人選手たちが、のちの戦争に巻き込まれ命を落とすことになることを考えると、戦争は財産や国民の命といった目に見えるものだけでなく、スポーツや文化といった創造的な活動にも大きな傷跡を残すのだと痛感させられ、それは大会に参加したドイツを始め多くの国にとっても同じことが言えるのです。