雪の花
本作の主人公笠原良策(かさはら りょうさく)は福井藩の町医者です。
彼は町の中を毎日のように往来する死体を載せた大八車を見ながら、自らの無力感に苛まれていました。
それは当時毎年のように天然痘が流行し、漢方医である良策は患者たちを治療する術をまったく知らなかったからでした。
ところが西洋や中国ではすでに牛痘苗という天然痘を予防するための手法が確立しており、良策は福井を飛び出し京都の蘭方医である日野鼎哉(ひの ていさい)の門弟となり治療方法を学んでゆくのでした。
しかし良策たちにとって大きな壁が2つ立ちはだかります。
1つ目は牛痘苗そのものが入手困難だったことであり、良策が福井へ牛痘苗を持ち込むために奮闘する場面が本作品のクライマックスであるといえます。
そして2つめの障壁は、牛痘苗という治療法が領民のみならず藩内の役人からも理解されず、接種が広まらなかったということです。
当時の鎖国されている日本国内にあって蘭方(オランダから伝わった西洋医療)は、一般人の目に妖しげな西洋の魔術としかか映らなかったのです。
その中で藩医でもなく町医者であった良策は、私財をなげうって治療にあたり、ときには命をかけて役人たちを正面から非難することさえしたのです。
また藩内で理解されない状況ながらも近隣の藩から請われれば痘苗を快く分けていました。
本書は文庫本で約170ページという読みやすい分量の作品でありながらも、良策の「医は仁術なり」を体現した生涯を鮮やかに描いた名作であるといえます。