死刑囚の記録
著者の名前"加賀乙彦"は作家活動を開始してからのペンネーム(本名:小木貞孝)であり、かつて精神科医として東京拘置所(通称:小菅拘置所)へ勤務していた経歴を持っています。
著者はそこでゼロ番囚人(強盗殺人、強姦殺人などで死刑や無期の判決を受ける、あるいは受けた重犯罪者)、さらには死刑確定者や無期受刑者の精神病患者が多いことに気付き、彼らに興味を持つようになります。
本書ではそこでの数多の囚人たちと面接、診療してきた経験と記録を元に執筆された本です。
私たちは日々の生活の中でさまざまなストレスを抱えており、こうしたストレスが時には精神的、身体的な不調となって表面化することはよく知られています。
一方で人間にとって最大のストレス状態、言い換えれば極限状態を想像すると、それは死刑囚の立場ではないかと思います。
いつかは分からないが近い将来、ある日不意に"おむかえ"が来るという恐怖の日々を狭い独房の中で過ごさなければならないからです。
ちなみに現在は死刑執行までの収容期間は平均14年という長さである一方、死刑執行の当日9時に本人への告知が行われ、その1、2時間後には執行されるようです。
また無期囚という立場を考えると、死ぬまで刑務所の中で多くの制約がある生活を強制される運命にあり、死刑囚とは違った意味で生きる目的を見い出すのが難しいことが想像できます。
私が同じ境遇に置かれたことを考えても、とても正常な精神状態を保ち続ける自信がありません。
死刑や無期という刑を受けるからには相応の罪を犯したから当然だという意見があるのも承知ですが、"死刑制度"を扱った本を何冊が読んできた経験から、個人的には死刑制度に反対の立場です。
それは世界の先進国の中で死刑制度が残っている国が圧倒的に少数であるという理由からではありません。
死刑制度に囚人を追い詰める効果はあっても犯罪抑止に効果があるという科学的・統計的なデータが存在しないこと、冤罪の可能性がある囚人へ対して取り返しのつかない刑であること、国家権力といえども人の命を奪う行為に正当性を見いだせないといった理由からです。
本書では囚人たちに見られる拘禁ノイローゼ、もう少し詳細に分類すると爆発反応(強烈な感情の爆発)、レッケの昏迷(精神の原始的な退化)、妄想被害、躁鬱などの様子が、実際に面接・記録した著者が医学者という立場から詳細に記録に残しているのが特徴であるといえます。
一方で少数ではあるものの、宗教的な信仰や帰依によって精神的な平穏を手に入れた死刑囚の例も紹介されています。
人間の精神が持つ奥深さや神秘性、あるいは脆さや強靭さについて、さらには死刑制度そのものについても色々と考えさせられる良書となっています。