真景累ケ淵
三遊亭円朝の代表作を2つ挙げるとすれば、前回紹介した「牡丹燈籠」と今回紹介する「真景累ケ淵(しんけいかさねがふち)」と答える人が多いのではないでしょうか。
こちらも牡丹燈籠同様に大ネタ中の大ネタのため、現代では全編を寄席で聴く機会はまず無いと言っていいでしょう。
それでも「宗悦殺し」、「豊志賀の死」といった有名な場面は今でも高座で演じられる機会が多く、部分的に知っている人も多いと思います。
物語の展開も牡丹燈籠と似ていて前半は怪談話、そして後半は敵討ちという流れですが、物語自体は牡丹燈籠よりもさらに長く、登場人物の数も多いことから、1度読んだだけではその人物同士の相関図を完全に頭に入れるのは難しいかも知れません。
怪談、そして敵討ちに共通するのは"因果、因縁"といったキーワードです。
たとえば皆川宗悦とその娘たちお園、豊志賀は、深見新左衛門とその息子である新五郎、新吉にそれぞれ全く違った要因で殺害されることになりますが、、その怨念は殺害した当人のみならず周辺の人間までを巻き込んだ悲劇へと発展してゆきます。
そしてこの果てしなく続くような因果応報を最終的に断ち切り精算するのが、敵討ちです。
この敵討ちも簡単に果たされるものではなく、ある者は返り討ちによって倒れ、その意志をまた別の者が継いでゆくといった壮大なものになります。
娯楽の少なかった時代に寄席でこの「真景累ケ淵」を聴くことは、今で言えばテレビでの大河ドラマや映画でスターウォーズシリーズを見るようなものであり、当時の観客を夢中にさせたことは容易に想像がつきます。
ちなみに文明開化と言われる明治時代に入り、江戸時代のように幽霊を信じて疑わない人が減ってしまったこともあり、寄席での"怪談はなし"が廃れてしまったといいます。
つまり幽霊が見える人は神経病という言葉で片付けられるようになった時代に創られた噺であるため、この噺には"神経"に"真景(観光の名所などを指す言葉)"をかけた噺家らしい皮肉の効いた題名が付けられているのです。