マンボウVSブッシュマン
今までブログで紹介した北杜夫氏のマンボウシリーズには、いずれもテーマがあります。
航海記として書かれた「どくとるマンボウ航海記」、趣味である昆虫を題材にした「どくとるマンボウ昆虫記」、自らの交流をテーマにした「マンボウ交友録」です。
本書はテーマを限定せずに、(失敗談が多い)日常の出来事、母や父との思い出、大好きな阪神タイガース、世情や旅行に至るまで、幅広い内容で書かれています。
タイトルにある"ブッシュマン"とは、あまりにも機械オンチである著者へ対して、妻が呆れて揶揄した言葉であり、ついカッと逆上してしまった著者の経験から命名したタイトルです。
そして文章中では、自らがブッシュマンより国際的で文化的である人間であることを些細な出来事を例に証明してゆくのですが、これこそ北氏ならではのユーモアです。
やがて一転して、真面目なブッシュマンの歴史を紹介してゆき、またしても結論は北氏らしく結ばれます。
「マンボウvsブッシュマン」に書いたように、私はブッシュマンとその優劣を競い合って、大半負けてばかりいた。一見すると著者の謙遜のようにも見えますが、これこそが本音なのかもしれません。
これは私の知能が彼らより劣るのではなく、彼の心がおそらく私より豊かだからであろう。
それゆえ、私は自分がブッシュマンに負けたとて、けっして劣等感を抱くわけではなく、ただ彼らの人間性に惹かれるだけなのである。
戦中、戦後の食糧難の時代に多感な青年時代を過ごし、そして飽食の時代を過ごしている著者が何気なく幸せの本質を指摘しているように思えます。
軽妙なユーモアが内容の大部分を占めていますが、時折見られる皮肉の中に人生のヒントを見出せるというのも本書の優れた点です。
北杜夫氏といえば私と2世代以上離れている作家ですが、堅苦しい印象を微塵も感じさせない、身近な先輩という感情を抱かせてくれるエッセーです。