父の威厳 数学者の意地
当ブログでお馴染みになりつつある藤原正彦氏のエッセーです。
本書における著者の一貫した主張は、
「日本人としてのアイデンティティが最も大切である」
ということです。
日本人としてのアイデンティティとは何か?
それは文学や俳句などに代表させる"情緒"と、武士道に代表される"倫理観"であると断言しています。
著者の本職は数学者ですが、そこは"理論によって構築される証明"のみが唯一絶対的な力を持つ世界であり、一見すると著者は主張と正反対の世界に身を負いているように思えます
しかし人間は生まれながらにして理論を組み立てる知識を有しているわけではありません。
逆に知識そのものに実態は無く、人間によって吸収されなくては存在意義がありません。
そのためには"核"となる人格が必要であり、これが無ければ自己を認識することさえも出来ません。
つまり機械的に知識を詰め込んだだけの人間はコンピュータと同じであり、そこから進歩の源泉となる"創造"が生まれることはありません。
機械人間を量産する先には、過度な受験戦争、そして給料の多寡によって人間的価値が評価される殺伐とした社会しか残されていません。
そのような国が世界から尊敬されることなく、日本がこの路線を突き進むつつあることに著者は強い危機感を抱いています。
マスコミは増税やTPPなどの経済問題のみを大きく取り上げ、ビジネスマンたちは目先の業績を追うことに必死になっている状況です。
確かに経済問題には自分や家族たちの生活がかかっている以上、決して軽視することはできません。
一方でマスコミが「失われつつある武士道」というテーマを真剣に論じてみたらどうでしょう?
その中で「名誉は命より大事」と書こうものなら、「時代錯誤」、「封建的な思想」、「人命軽視」などの非難の声が上がることは容易に想像できます。
そんな時代だからこそ、本書のような気骨を持った数学者が綴るエッセーを読む価値があります。
もちろんエッセーに欠かせないユーモアも含まれていて、脇目もふらず進む著者の猪突猛進ぶりなど微笑ましいエピソードも満載です。