どくとるマンボウ航海記
父親が斎藤茂吉、自身は作家と精神科医という一風変わった経歴を持つ北杜夫氏の代表的なエッセーです。
本書「どくとるマンボウ航海記」は、その後マンボウ・シリーズとして発表される一連のエッセーの記念すべき1作品目です。
著者は小説家としても有名ですが、軽快でユーモアに溢れたエッセー作品のファンも多いのではないでしょうか。
本書は昭和33年に水産庁調査漁船の船医として半年間に渡る航海記の形式で書かれています。
文部省の留学生募集に書類選考で落とされ、海外を周遊するための手段として船医へ志願することになります。
要するに確固たる義務感や目的があるわけでなく、好奇心、そして少年の無邪気な冒険心がもっとも強い航海の動機であったといえます。
そして船員の経験が無かった著者が作品中で示す好奇心は、読者の好奇心をも掻き立てずにはいられません。
著者はあとがきで、本書を次のように紹介しています。
私はこの本の中で、大切なこと、カンジンなことはすべて省略し、くだらぬこと、取るに足らないこと、書いても書かなくても変わりはないが書かない方がいくらかマシなことだけを書くことにした。
実際その通りで、寄港した国々で経験した、例えば、酒場で見た目が(著者いわく)160歳くらいの女性に誘惑されたり、物売りにボッタクられたり、執拗にサメへ砂糖水を飲ませようとしたことなど、航海記の本質とはかけ離れたエピソードに多くの紙面が割かれいます。
しかし「旅の思い出」など、往々にしてどうでもよいエピソードが印象に残るものであり、本書のスタイルにはまったくもって同感できるのです。
北氏は惜しくも2011年に亡くなっていますが、戦後の日本で懸命に文学を再興しようとする作家たちの中で、飄々とした彼のスタイルはひときわ輝いていたといえます。