レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

新ハムレット

新ハムレット (新潮文庫)

太宰治中期の代表的な短篇集で以下の5作品が収録されています。

  • 古典風
  • 女の決闘
  • 乞食学生
  • 新ハムレット
  • 待つ

いずれも戦中に書かれていますが、まるで軍部によって思想や生活も統制された世の中に背を向けるようにして書かれた作品です。

この時の知名度はまだそれほど高くありませんでしたが、ひょっとして太宰治がもっとも集中して作家活動を行った時期かも知れません。

「女の決闘」では、ドイツのまったくの無名作家(ヘルベルト・オイレンベルグ)の短編小説を大幅に加筆修正して、ほとんど自分のオリジナル作品に仕上げています。

1人の芸術家を巡って、その愛人と妻が文字通り銃で決闘するあらすじですが、女の気まぐれや執念といった、太宰氏自身が抱いている"女性へのイメージ"を鋭く描写しています。

ドイツの無名作家であればこそ無断で作品を拝借することが許されますが、太宰氏が本来ストーリーを創作するタイプの作家ではなく、優れた批評家、そして観察者としての小説家であることを示している代表的な作品です。

一転して「新ハムレット」では世界でもっとも有名な戯曲家・シェイクスピアの代表作「ハムレット」を太宰流に書き直した作品です。


私自身、ハムレットの原作を読んだことはありませんが、私が知る限りのストーリーに忠実な一方で、主人公たるハムレット王子をはじめとした登場人物の心理描写は、かなり太宰治の作品の特徴が現れています。

"戯曲"は舞台で演じられることを前提としているだけに、登場人物たちの性格や関係はかなり特徴的に描かれます。

つまり太宰氏自身が抱いている社会や人間との関わりに関しての批評がかなり濃密に反映されていると解釈することができます。

ストーリー半ばで筆を置いていますが、太宰自身が描きたかった「ハムレット」は充分に完結しているのではないでしょうか。

本編に収められている作品はどれも秀作であり、太宰治の魅力がもっとも伝わりやすい1冊です。

太宰治をこれから読んでみようと考えている人には、ぜひ本書から読んでみることをお薦めします。