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ガリア戦記

ガリア戦記 (岩波文庫 青407-1)

ガリア戦記」の著者は、歴史家モムゼンが"ローマが生んだ唯一の創造的天才"と評したユリウス・カエサルです。

以前紹介した塩野七生氏の長編大作「ローマ人の物語」でもカエサルの活躍に対してはもっとも紙面を割いて書かれており、ガリア遠征の内容についても地図を用いて分かり易く解説されています。

その解説に関しても本書「ガリア戦記」が原資料となっており、いつか読んでみたいと思っていた1冊です。

本書は学術的な傾向の強い岩波文庫から出版されいるだけあって、「ガリア戦記」をなるべく忠実に翻訳し、注釈についても最小限に抑えています。

よってカエサルや古代ローマの時代背景を知らずに本書をいきなり手に取るとやや戸惑うかも知れませんが、「ローマ人の物語」を読んだ後であればそれほど難解さを感じずに読むことが出来ると思います。

2000年以上も前に活躍した人物の著書を現代日本語で読むことができるのも、この「ガリア戦記」が後世で評価されていると共に、カエサルと同時代に生きたローマ一流の知識人・キケロさえも絶賛した名著であるためです。

なぜガリア遠征を行ったローマ軍総司令官であるカエサル自身が本書を執筆したかといえば、本国ローマ(=元老院)への戦況報告として、また遠征先における戦果をローマ市民へアピールするためのプロパガンダとしての役割を果たすためという説が有力です。

一方で本書が自画自賛、つまり自慢話に満ちた内容であったならば、これほど評価されることもなかったに違いありません。

「ガリア戦記」の特徴は、簡潔で明瞭ということに尽きます。

ローマ文化は古代ギリシアの影響を色濃く継承しており、叙事詩のように物語的な表現や、哲学書のようにロジックを駆使することも可能だったはずであり、あえていずれの方法も取らずにカエサル独自の表現方法で用いたことに価値があるのだと思います。

簡潔明瞭であるためには客観的な視点が効果的であり、カエサルは自分自身の事柄に対して"三人称"を用いることでこれを実現しています。

たとえば以下のような例です。

カエサルはこの戦争がすむとヘルウェティー族の他の部隊を追撃するためにアラル河に橋を架けて部隊を渡した。

ガリー人は偵察で事情を知ると攻囲を解き、全軍でカエサルに向かって来た。

最終的にはガリア遠征を成功させ、本国ローマで20日間にもわたり感謝祭が開催されます。これはローマ軍司令官にとって前例のない名誉ですが、当人のカエサルは驚くほど素っ気ない表現に留めています。

カエサル自身はビブラクテで冬営することにした。この年のことが手紙でローマに知れると、二十日間の感謝祭が催された。

"戦記"という名に相応しく、本書はガリアの至るところで7年間に渡り行われた戦争が書き綴られていますが、これだけの活躍をもってしてもカエサルの能力を評価するには足りません。

このガリア遠征を遂行する裏でローマの有力者でありカエサルのライバルでもあるポンペイウスクラッススと共に「三頭政治」を運営し、公共事業も数多く手がけ、のちの内乱に勝利してローマ帝国の礎を築くための政治活動までも精力的にこなしていたのです。

しかしこれは"政治工作"以外の何ものでもない、つまり元老院やローマ市民に知って欲しくない事柄だったのでカエサルはその一切を当然のように省略しています。

カエサルの偉業をすべて知りたいのなら、やはり「ローマ人の物語」を読むことをお薦めしますが、古代ローマ好きであれば一度は手にとって読んでほしい1冊です。