レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

真昼の悪魔



昭和55年に発表された遠藤周作氏の小説です。

本書は世界的にも文学作品で取り上げられる機会の多い"悪"をテーマにしています。

物語の主人公はある医大病院に勤務する女医ですが、彼女は日常生活に無感動であり、自らの心が乾ききっていることに気付きます。

職務上の医者としての義務は果たすものの、他人が苦しむのを見ても、またどんな罪を犯しても何とも思わないという心の空虚を抱えたまま、次々と悪に手を染めてゆくのです。。。

本書はミステリー形式で書かれており、次々と"悪"に手を染める女医の正体が最後まで謎のままで物語が進行します。

この作品で取り上げられる"悪"とは、カネ欲しさの暴力や復讐のための殺人といった人間の欲望や感情から離れたところにある、無道徳で無感動がゆえに"善悪の区別"といった概念からさえも離れた"純粋な悪"とでもいうべきものです。

本当の悪魔とは恐ろしい姿では決して現れず、目立たず知らぬ間に積もる埃(ほこり)のように人間の心に忍び寄る存在だということが、本作品に登場するカトリック教の神父によって語られます。

「悪魔は救いの手を差し伸べた神の手さえも振りほどくのか?」
「神は救いを求めない悪魔さえも包み込むのか?」

といった遠藤氏が作家生活を通じてテーマとした独自のキリスト教的視点が本作品にも織り込まれています。

自分は"悪"とは無縁だと思っている読者が大半だと思いますが、果たして本当にそうなのでしょうか?

なぜなら作品中で描写されている女医の無感動で乾ききった心は、現代人が多かれ少なかれ感じている空虚さ、そしてその救いを信仰に求めない姿を象徴しているからです。

一方で本作品にはミステリー的な要素が強く、また現代医療へ対しても鋭く批判的な視点で迫っている点など、多くの側面を持った遠藤氏の作品の中でも異彩を放つ存在といえます。