スティーブ・ジョブズ 1
言わずと知れたアップルの創業者であり、2011年に亡くなったスティーブ・ジョブズの伝記です。
著者のウォルター・アイザックソンはアメリカの伝記作家として有名であり、本書はジョブズ自身が伝記の執筆を依頼したという経緯がありますが、依頼されたアイザックソンは、ジョブズが内容へ対して一切干渉しないことを条件に承諾したと言われています。
そしてアイザックソンはジョブズへの独占取材を重ね、また関係者からの多くのインタビューによって本書を完成させました。
もっともジョブズは本書の原稿を読むことのないまま亡くなってしまったという説が有力です。
アップルは時価総額世界一を誇る企業であり、同社の製品であるiPhoneの存在を知らない人は殆どいないはずです。
ほかにもMacシリーズやiPod、iPadなど数々の世界的ヒット製品を世の中へ送り出し、そのスタイリッシュなデザインから多くの熱心なファンがいることでも知られています。
このアップルに加え、同じく時価総額2位のグーグル、3位のマイクロソフトによってインターネットのプラットフォームが支配されているといっても過言ではありません。
私がアップルの名前を知ったのは1990年台後半ですが、当時はWindowsがOS(オペレーションシステム)として圧倒的な強さを持っており、アップルは過去に一世を風靡したものの凋落しつつある企業といった印象でした。
したがってマイクロソフトの創業者であるビル・ゲイツの方が有名でしたが、2000年代へ入りiPod、iPhoneといった製品が日本でも大ヒットするに至ってスティーブ・ジョブズの名前は誰もが知るようになります。
日本では松下幸之助や盛田昭夫、アメリカでいえばヘンリー・フォードやトーマス・エジソンといった伝説の経営者に比肩する実績を残したジョブズだけに起業家、経営者として完璧な能力を兼ね備えた人間というイメージを抱きがちです。
しかし本書に書かれているジョブズは等身大の、私たちと同じく多くの欠点を持った人間であることが分かってきます。
学生時代は勤勉とは言い難い学生でしたが(実際に大学を中退している)、そればかりかマリファナやLSDといった麻薬を使用し、インドへ放浪して禅に傾倒するなど彼には多くの側面があります。
そんなジョブズを表現する代表的な言葉が「現実歪曲フィールド」です。
取材を受けたジョブズを知る人々はそれを次のように説明します。
「カリスマ的な物言い、不屈の意志、目的のためならどのような事実でも捻じ曲げる熱意が複雑に絡み合ったもの - それが現実歪曲フィールドです。」
「自己実現型の歪曲で、不可能だと認識しないから、不可能を可能にしてしまうのです」
日本で用いられる「信ずれば通ず」に近く、どちらかといえば肯定的な意味で使われますが、ジョブズのフィールドに囚われた人々にとってはそう簡単に片付けられるものではありません。
目的を達成するためなら相手が誰であれ罵倒し、脅し、それでもダメなら裏切ったりクビにすることも躊躇しないのがジョブズだからです。
彼とともに働く人々は、達成が不可能と思われるノルマを不眠不休でこなした挙句、「クソ野郎」と評価されることさえ日常茶飯事だったのです。
つまり理想を求める彼の評価は、つねに「最高」か「最低最悪」の両極端しかなく、世間的なルールに自分は従う必要がないという信念さえ抱いていたのです。
優れた経営哲学、人心掌握術を持った経営者というよりも、混乱と混沌、そこから生まれる理想と情熱に燃える人間がジョブズでした。
そんな言動が災いしたジョブズは、自らが創業したアップルを追放されるという屈辱を経験しますが、ここで終わらないのがジョブズたる所以です。
上下巻で800ページ以上にも及ぶ長編は、まさしく"怒涛"という表現がピッタリ合うようなジョブズの人生が綴られており、下巻では不死鳥のごとくアップルに復帰したジョブズが、世界を一変するような製品を次々と世に送り出すことになるのです。