「尖閣問題」とは何か
国際政治論、外交史の専門家である豊下楢彦氏が「尖閣問題」を解説しつつ、その裏にある真実を浮き彫りにし、打開する道筋を探ってゆく1冊です。
外務省がインターネットなどを通じて啓蒙活動を続けていますが、尖閣諸島は"日本固有の領土"であり、その領有権についても正統なものである。つまり尖閣諸島には"領土問題は存在しない"というのが日本政府の公式な見解です。
なぜ"日本固有の領土"であるかについては、メディアでも多く取り上げられており、日本政府も特設ページで詳しく解説しているため、ここでは置いておくとして、"領土問題は存在しない"については、多くの日本人が疑問を抱いているのではないでしょうか。
なぜなら隣国である中国も1992年以降、尖閣諸島を"中国固有の領土"であると主張しており、それは宣言のみに留まらず、近年はその強大な軍事力を背景に尖閣諸島周辺の日本の領海に海洋巡視船や漁船が頻繁に侵入するといった実力行使に出ています。
とくに2013年には中国海軍の巡視船が、射撃用レーダーを自衛隊の艦船へ照射するという一触即発の事態まで起こりました。
今年に入って米軍事外交誌が尖閣諸島を巡る日中軍事衝突の可能性を示唆するなど、日本国民として不安を持たない方が不思議な状態です。
また忘れてはならないのが、台湾も日本に植民地化される以前から尖閣諸島周辺で漁を営んでおり、同じく領有権を主張していることです。
こうした外交的・軍事的緊張だけが高まり、解決の糸口が見えない要因が「米国ファクター」、つまり日本の同盟国であるアメリカにあると著者は指摘しています。
まず本書で紹介されている尖閣諸島の概要を簡単に紹介すると以下の通りになります。
尖閣諸島は、魚釣島、久場島、大正島、北小島、南小島という大小五つの島と三つの岩礁からなる、総面積で約六平方キロメートルの島々である。
最も大きい魚釣島を起点にすると、沖縄本島まで約四二〇キロメートル、石垣島まで約一七〇キロメートル、台湾まで約一七〇キロメートル、中国大陸まで三三〇キロメートルに一位置する。
そのうち久場島と大正島は「射爆撃場」として米海軍に貸し出されています。
つまりこの両島は、米軍の許可なしには日本人が立ち入るこのできない米軍の排他的な管理区域になっているのです。
にも関わらず米国は、ニクソン政権時の1971年から一貫して尖閣諸島の領有権についていずれの国も支持しない「中立の立場」を取り続けているのです。
日本にとって最大の同盟国である米国のこの態度は、中国・台湾への「政治的配慮」が重要だとしても、日本を侮辱するものだと著者は断言しています。
しかも日本政府は、唯一無二の同盟国であるはずの米国の無責任な態度を責めるどころか、この2島の返還を求めることさえしていないのです。
さらに驚くべきことに、30年以上に渡ってこの島が訓練に使用された実績がなく、その必要性さえ疑われる状態にも関わらずです。
著者はこうした異様な状態を政界もメディアも正面から取り上げないことの危機感を訴えると同時に、米国のオフショア・バランシング戦略に基づいたジャパンハンドラーであるとことを指摘しています。
オフショア・バランシング戦略については、防衛省のホームページでも解説されていますが、簡単に説明すると米国は(ユーラシア)大陸における闘争に直接関与することは極力回避し、これを同じ地域の他の大国によって抑止させることで米国の負担を軽減し、関係諸国で負担を均等化するといったものです。
聞こえはよいですが、実際には米国にとって遠い海の向こうに現れた強大な中国という勢力に対し、同じく海の向こうにある日本という別の勢力を擁して支援を与え、日中間で緊張を高めることで、米国自身は安全を確保するといった戦略にあると著者は指摘しています。
これは著者に指摘されるまでもなく。過去のフセイン(イラン)やビンラディン(アルカイダ)と米国の関係を連想させるものがあります。
ジャパンハンドラーについては言うまでもなく、米国が主導権をもって日本政府を操っていることを指します。
本書では北方領土や竹島にも尖閣諸島と共通する問題が潜んでいると指摘し、そこから日本のとるべき新しい戦略的、外交的方針を示唆するまでに及びます。
冷静に考えれば日本は、中国(尖閣諸島)、韓国(竹島)、ロシア(北方領土)と隣接する3国と領土に関する問題を抱えており、そのすべてにおいて好転の兆しが見えないという尋常でない状況です。
にも関わらず、日本は遠く離れた米国との間に安保関連法案の成立などによって同盟関係をますます強化しようとしています。
本書の冒頭に書かれていますが、領土問題となると人の住めないようような岩礁であっても、両国の世論はいとも簡単に沸騰します。
この「領土ナショナリズム」は、国内矛盾を外部に転換しようとする「扇動型政治家」にとって格好のターゲットになる危険性があり、中国だけでなく、日本国内にもこうした風潮が明確に現れ始めています。
著者である豊下氏の考えに賛同する、しないは別としても、メディアや国民が見失いがちな角度から「尖閣問題」に迫った本書を少しでも多くの人に読んで考えて欲しいと思います。