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引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

見るまえに跳べ


大江健三郎氏初期の短編が10作品収められてる文庫本です。

収録されている作品は以下の通りです。
  • 奇妙な仕事
  • 動物倉庫
  • 運搬
  • 見るまえに跳べ
  • ここより他の場所
  • 上機嫌
  • 交代青年研究所
  • 下降生活者

これら初期の作品の共通することですが、大江氏自身が若かったこともあり少年、または青年を主人公とした作品が目立ちます。

それも将来の夢を抱き青春を謳歌するといった希望に満ち溢れた若者の姿ではなく、内面的に抱える不安や焦燥感、時には未来を見失った絶望や無力感をクローズアップするといった形をとる点が特徴です。

また10作品のうち5作品で動物が登場する点も目につきます。

例えば大江氏の処女作である「奇妙な仕事」に登場する大学生の主人公は、病院で実験動物として飼育されていた150匹もの犬を屠殺するアルバイトに従事することになります。

手慣れた犬の屠殺人は作品中で"犬殺し"として登場し、棒を振り回して一撃で犬を屠ってゆきます。

主人公をはじめとした学生はそんな"犬殺し"をどこか軽蔑すると同時に、その熟練した腕前、そして毒を使わずに撲殺にこだわり続けるプライドを目の当たりにして敬意をも感じずにはいられなくなるのです。

つまり"犬殺し"の姿を通じて、子犬一匹さえ殺すことのできなかった主人公が"世間の広さ"を垣間見て内面的な変化を遂げてゆくのです。

そして同時に"大人の汚い世界"を知ることになるストーリーがわずか20ページの短編の中に凝縮されている点などは、若いながらも著者の才能を早くも感じられる作品になっています。

一方本書の表題作品でもある「見るまえに跳べ」は70ページほどの分量があり、短編としてはやや長い作品になっていますが、ここに登場する大学生の主人公は年上の女性の恋人(いわゆるヒモ)という無気力な生活を過ごす一方で、年下の女性とも交際し、やがて妊娠に至ってしまうという、やや複雑な構図を持った作品です。

やはり著者自身が若かったこともあり、"内面的な私小説"、あるいは"フィクショナルな自伝"といった大江氏初期の作品に共通した魅力に満ち溢れています。