芽むしり仔撃ち
大江健三郎氏初期の代表的な作品です。
本ブログではじめて紹介する作家のため、大江氏について簡単に触れておきます。
石原慎太郎氏とほぼ同年代の作家であり、若くして芥川賞を受賞した点も似ています。
ただし大江氏は石原氏のように政治家としての道には進まず、作家として活動し続けた点は異なり、のちにノーベル文学賞を受賞した日本の代表的な文学者です。
本書は大戦末期、感化院(現代の少年院)の少年たちが山村に集団疎開するところからはじまります。
しかし村人たちは疫病の流行と共に村から避難し、谷間にかかる唯一の外界との交通手段であるトロッコを遮断して少年たちを陸の孤島に閉じ込めます。
見棄てられた少年たちは協力し合い村の中で自給自足の生活をはじめるのです。
有名なフランスの冒険小説「十五少年漂流記」とどこか似ていますが、戦時中という時代背景、そして村人たちが疫病を怖れ、また避難先での口減らしのため少年たちを意図的に村に置き去りにして孤立させるという設定からは、もっと暗い雰囲気が漂っています。
少年たちの他に、母を疫病で亡くし置き去りにされた村の少女、村はずれの朝鮮人部落で避難を拒んで村に居残り続けた李少年、山中に脱走し行方不明となっていた予科練の兵士といった登場人物が少年たちと深く関わってゆくことになります。
現実性よりもシチュエーションを重視した大胆な設定ですが、大江氏にとってはじめての長編小説ということもあり、その想像力を最大限に発揮して書かれた小説であるといえます。
また作品中に登場する村の様子や動植物の描写については、四国の山村で育った経歴を持つ大江氏だけあってリアリティ溢れるものになっています。
少し風変わりな本作品のタイトルについては、著者が少年の頃に村長に脅された次のような言葉に由来しているそうです。
「いいか、お前のような奴は、子どもの時分に締めころしたほうがいいんだ。できぞこないは小さいときにひねりつぶす。俺たちは百姓だ、悪い芽は始めにむしりとってしまう」
山奥に住む人間たちの排他的で差別的な意識、古い風習に固執する姿勢、外部の人間へ対する(それが感化院の少年であればより一層の)残酷な行為といったものを一貫して少年たちの目線から描いていますが、それは大江氏の少年の頃の記憶や印象が投影されたものであり、本書が冒険小説といえないのはもちろん、どこか私小説的な独特の雰囲気がある作品になっています。