獅子の系譜
戦国の世に終止符を打った徳川家康。
その偉業は多くの家臣たちの活躍によって成し遂げられたことは言うまでもありませんが、その中でも特に功績のあった側近たちは「徳川四天王」と呼ばれ、次の4人が名を連ねています。
- 酒井忠次
- 本多忠勝
- 榊原康政
- 井伊直政
まず酒井忠次はその活躍もさることながら、家康との血縁関係、また家臣団のなかでもっとも年長で宿老という立場であったことから、四天王の1人に当然入るべき人物です。
ちなみに石川数正もほぼ同等の立場でしたが、のちに出奔して秀吉に仕えたことから評価から漏れています。
続いて本多忠勝と榊原康政は家康とほぼ同年代であり、少年の頃より家康に仕えて数々の戦功を挙げた武将として知られています。その他にも本多正信、本多重次、鳥居元忠など、多くの功績のあった同年代の武将たちがいます。
この中で異彩を放つのが、本多忠勝たちより更に一回りは年下でありながら四天王の1人として加えられている井伊直政です。
家康によって見出された当時の直政はまだ少年であり、秀吉にとっての加藤清正、福島正則、石田三成らと同様の子飼い武将として活躍しました。
前置きが長くなりましたが、本書は津本陽氏による井伊直政を主人公にした歴史小説です。
津本氏がたまに用いる手法ですが、本書では井伊直政の生涯を淡々と時系列で綴っています。
作品中で著者が感情移入を行うことは殆どありませんが、直政のみならず彼の周辺で起こった出来事を含めて詳細に描いています。
歴史小説に物語性を求める読者にとっては不満が残るかも知れませんが、直政が戦国時代にどのような活躍をしたのか、またその逸話を知りたい読者にとっては充分に満足できる内容です。
つまり歴史小説と歴史専門書の中間に位置するような作品です。
そこから浮かび上がってくる井伊直政像は、戦国武将の申し子のようなその生涯です。
幼い頃に今川家などによって一族を次々と殺害され、自身も命を狙われたため寺に匿われて育ちますが、家康に仕えてからは命知らずの勇猛な武将として活躍します。
直政といえば「井伊の赤備え」が有名ですが、これはかつて家康自身が大敗を喫した武田信玄(なかでもとくに山県昌景)の朱色に統一された軍装を、のちに甲斐と信濃を平定した時に武田遺臣とともに取り入れたものです。
武田信玄亡き後もそのブランド力は戦国随一であり、元服して間もない直政がそれを一手に引き継ぐことになったこと、そしてそれを叩き上げの武将たちが嫉妬したことからも家康がいかに直政を寵愛し、また評価していたかが分かります。
ちなみに「井伊の赤備え」は形骸化しつつも幕末まで伝統を残しますが、少なくとも井伊直政は"赤備え"の名誉に相応しく、(時には残忍なほどに)勇猛に活躍する一方で政治面では配慮深く、秀吉からも高く評価される器量を持ちあわせていました。
知っているようで知らない井伊直政の生涯を充分に堪能することのできる1冊です。