レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

一私小説書きの日乗 野性の章


私小説家である西村賢太氏の日記を単行本として刊行した1冊です。

どうやらこの日記はシリーズ化されており、本書には平成25年5月21日~平成26年6月19日までの出来事が記録されています。

"まえがき"や"あとがき"もなく、唐突に始まりそして終わっています。

ただの日記という以上に説明のしようがありませんが、ともかく私小説が自らの体験を元に創作された物語であることを考えると、必然的に私小説家と日記は相性が良いのかも知れません。

かつて明治から昭和前半に活躍した文豪たちが多くの私小説を残していますが、現代ではやや廃れてしまった印象があり、西村氏はこの伝統的(古風)なスタイルで執筆し続ける代表的な作家であるといえます。

西村氏の著書を約4年ぶりに読んだきっかけは単純で、あまりテレビを見ない私がたまたま西村氏の出演している番組を目にしてその存在を思い出したからです。

ただ実際に日記を読んでいると著者は頻繁にテレビ出演しており、とくにバラエティ番組への出演機会が多いのは意外でした。

とはいえ作家の仕事は文章を書くことであり、昼に起きて朝方に寝るという生活サイクルが基本である著者の日常のそれは決して起伏に富んだものではなく、彼にとっての日常が綴られているに過ぎません。

酒好き、大食漢であり、風俗にも定期的に通い、交友関係においても有名人であれば実名で好き嫌いをはっきりと書いている点、藤澤清造という世間ではほぼ無名の大正期の小説家を敬愛し、命日のみならずその月命日も必ず記録する姿勢からは、この日記が書籍として発行されることをまったく意に介していません。

さらにこの流れでいえば、自らを"五流作家"、"ゴミ私小説書き"と日記中に書いている点も、卑下や謙遜でもなく著者自身の偽らざる本音とうことになります。

小説と違い簡潔で明瞭な文体で書かれており、西村氏の代わり映えしない日常がリズムとして読者の中に入ってくる不思議な感覚に陥ります。

1ページ1ページごとに刮目して読む類の本ではなく、横になって片ひじをつきながらパラパラとめくりながら読むのが相応しいでしょう。

こんな作品が本棚の中に1冊くらいあってもいいと思わせる1冊です。