レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

絶海にあらず〈上〉


藤原純友を主人公にした北方謙三氏による歴史小説です。

日本史の教科書では承平天慶の乱(しょうへいてんぎょうのらん)として、平将門とともに瀬戸内海で起きた反乱の首謀者として知られています。

将門が坂東(関東)の領土を基盤とした一方で、純友は瀬戸内海の海上を中心にして朝廷へ反旗を翻しました。

ほぼ同時に起きた反乱が"東と西"、そして"陸と海"というのが対照的ですが、残っている史料の多さ、"新皇"を自称して中央権力の象徴である天皇へ挑戦したという分かり易さから平将門の方が圧倒的に知名度が高いようです。

しかし北方氏は藤原純友を主人公にすることで、瀬戸内海から玄界灘、そしてその先にある朝鮮半島や中国という広大な海を舞台にした海洋歴史小説としてスケールの大きなストーリーを構築しています。

また平将門と密謀の上で同時に反乱を起こしたという説を採用しておらず、あくまで各々が自らの意志と決断で決起したというストーリーになっています。


時は天皇の外戚である藤原北家が台頭し、その頂点に君臨するのが藤原忠平でした。

純友も藤原北家の傍流ではあったものの、自身は出世に興味はなく京で気ままな暮らしをしている場面から物語が始まります。

しかし偶然の出来事から純友は伊予掾(いよのじょう)という官職を得て、地方役人として赴任するところから彼の人生が変わり始めます。

日本の富と権力が集まる京ではくすぶっていた純友が、中央から離れた伊予で自分の居場所を見つけることになるのです。

むしろ京を外から見ることで藤原北家、言い換えれば中央政府の問題点が浮き彫りになり、それが純友の心の目を開かせたと言えます。

これがあらゆる物流を支配下に置き、海をも支配しようとする忠平へ対する挑戦へと発展してゆくのです。

正確にいえば純友は中央政府へ反乱を起こす気さえなく、誰にも縛られず自由に、そして逞しく海の男として生きてゆくことを選択したのであり、それは彼の作品中のセリフに明確に現れています。

「海は、どこまでも繋がっている。俺がどこに行こうと、誰も止められん」
「水師は勝手に生きるものなのですよ。海さえあれば、どででも生きられます。誰も、京の庇護など当てにしておりません。」
「海は誰のものでもありません。海はただ海なのですよ」

北方氏の歴史小説の特徴は、抜け目なく権謀術数によって栄達した男ではなく、たとえ道半ばに斃れようとも自らの自由意志によって勇敢な人生を送った男を題材とすることが圧倒的に多いのも特徴です。