レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

絶海にあらず〈下〉


私がはじめて北方謙三氏の歴史小説を手に取ったのは、今から約10年前に太平記、いわゆる南北朝シリーズに夢中になった時ですが、彼の手がける歴史小説は非常に特徴的です。

それは基本的な路線は史実に基づきながらも、緻密さや整合性よりも物語性を重要視している点です。

非常に味付けの濃い作品であるため、立て続けに読むと少し食傷気味になってしまう一方で、強烈なインパクトで読者を惹きつける魅力という点では他の追随を許さない面白さがあります。

領土に縛られず、広大な海を舞台にして自由に生きようとした藤原純友を主人公にした本書もその例外ではありません。

主人公の強烈な個性もさることながら、登場する脇役たちも主人公に劣らずに個性的かつ魅力的に描かれているのがその秘訣でないでしょうか。

まずは遠藤不二丸猿鬼(ましらき)、安清の3人はそれぞれ出自こそ違いますが、いずれも家族や一族を失い、生きる目的さえも見失いかけているところを純友によって救われます。

そして伊予郡司である越智家によって領地を失った風早の一族は、山の民として陸上から純友を助けることになります。

さらに欠かせないのが小部長影丹奈重明大佐田二郎小野氏彦といった中央から虐げられた水師たちであり、彼らがもともとは京育ちだった純友へ船や海の知識や技術を伝授し、同志として共に戦うことになります。

何しろ上下巻で900ページ近くの長編であるため、その他にも多くキャラクターが登場しますが、いずれも一癖も二癖もありながら魅力的であり、作品中で彼らの活躍が楽しみになってきます。

主人公の純友は、単純に藤原北家をはじめとする京の権力へ反抗するのではなく、自らが理想とする海、つまり国境のない誰にとっても開かれた自由な海を実現するために立ち上がるのです。

それは単純な海戦だけでなく、水面下で繰り広げられる物流や経済の主導権を巡る争いも丁寧に描くことで、見た目の派手さだけでない奥行きのあるストーリーを展開してゆきます。

もちろん藤原忠平良平兄弟、伊予郡司の越智安連安材父子といった純友の敵として立ちはだかる勢力も強大かつ狡猾であり、スリリングな駆け引きに読者は目を離せません。

歴史が苦手だと感じている人でも楽しめてしまうのが、北方謙三氏の歴史ロマン小説なのです。